現代詩文庫を読む

sibunko.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 11月 ( 12 )   > この月の画像一覧

伊達風人『風の詩音』(思潮社)

プロセスを無化させるためのプロセス


 伊達風人とは同人誌「kader0d」(カデロート)を一緒に作った仲だ。伊達は無口な男だった。電話をしても余計なことは話さない。勢い私ばかりしゃべることになる。同人会でも穏やかに笑っているだけで積極的に話そうとはしなかった。同人会が終わった後、「伊達さん、もっと話してもよかったんですよ」と言うと、「みなさん知識のある方ばかりで…」と謙遜するのである。だが、私は、伊達はきっと、コミュニケーションなどと言う余分なプロセスを欲していなかったのだと思う。
 話し言葉と言うものは面倒だ。まず、相手に話しかけるのにも勇気が要ることが多いし、相手にいきなり話しかけられると自分のやっていることが遮断される。それに、話が始まると話の流れに沿って自分も話さなければならなくて、結局肝心なことが話せなかったりする。さらに、話し言葉は「理解してほしい」「理解してあげる」という厄介な志向性があるために、それが挫折したときに「理解されなかった」「理解しようとしてもらえなかった」という傷を残すのである。そんな厄介なプロセスに言葉を乗せていくことで、肝心なことが台無しになってしまうこと、直接伝えたいことが逆に伝わらなくなってしまうこと、無駄に傷付いてしまうこと、そういうことについて、伊達は警戒していたのだと思う。
 「影」の全文を引用する。「君の影を見よ/はるか宇宙を越えて/何者にも遮られること無く/届いた この光を/君が いま/宇宙で初めて遮ったのだ//君よ/これが存在なんだ」伊達の詩は、すべてこのような直接性を志向している。「光」は愛でもあるだろうし認識でもあるだろうし言葉でもあるだろう。それが存在に宇宙で初めて直接に触れる。伊達にとって、詩とは、宇宙で初めて存在を直接感知するものであった。そして、詩は、存在を直接把握し、その存在の影をつくるために、何億光年という宇宙の真空を通過しなければならないのである。
 伊達の詩の書き方は、このように、余分なプロセスを省略し、存在に直接触れるために、逆に別の長いプロセスをとるというものだった。「ブランコを揺らすもの」にあるように、目に見えなくとも、耳に聞こえなくとも、言葉にならなくとも、ただ直接彼の精神を充満させるもの、それに到達するために、様々な言葉を費やす。自らとじかに触れ合うものも、意識や感覚や環境などの余分のノイズによってその直接性が失われている。その直接性を取り戻すために言葉を費やす。また、自らがいまだ感知していない存在にも直接触れようとしていく、そのために言葉を費やす。
 そして、この対象と直接触れ合うための言葉は書き言葉でなければならなかった。対話が不可能な言葉、永続する言葉、話の流れなどには左右されない言葉でなければならなかった。つまり、言葉に対して余分な反応が返ってくることを一応遮断する、そういう書き言葉で純粋に対象を探っていくことが伊達には必要だったのだ。理解して欲しいなどという欲望を一度捨て去る。相手の反論なども一度度外視する。自らの内面と対象との純粋で直接的な交渉において立ち昇ってくる言葉たちをどこまでも記していくということ。それによってのみ、伊達は対象と直接触れ合うことができた。
 「水錘」「鼓舞器」などの意味の取りづらい詩は、彼が現代詩の詩法に毒されて書いたものというよりは、むしろ、それまでの対象との触れ合いをより精密に行おうとして書いたものと解釈するのが妥当だと思われる。例えば「生命線は羽のように編まれて」と言われても、言葉の受け手はどう返してよいかわからないだろう。しかし、伊達にとっては、まさに言葉の受け手の反応を一度遮断するような書き方が必要だったのだ。すぐに共感されてコミュニケートできてしまう言葉は、その共感によって意味が変貌させられてしまう。共感は、ステレオタイプな認識を量産するだけで、対象との直接的で繊細な接触をむしろ阻害する。話し言葉的な様々なプロセスを遮断し、話し言葉にまつわるノイズを遮断し、純粋に直接対象と向き合ったとき、彼には書き言葉による精密な書法が必要になったのである。
 このように、伊達は、話し言葉的なプロセスを無化することにより、対象に直接接触しようとしたが、その接触を精密に行うために、新たに書き言葉的なプロセスが大量に必要になったのである。伊達は、対象との直接の接触を実現するために、話し言葉のプロセスを無化し、書き言葉のプロセスを精密に遂行せざるを得なかったのである。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:15 | 現在の詩人たち

タケイ・リエ『まひるにおよぐふたつの背骨』(思潮社)

タケイ・リエ小論
                

 タケイ・リエの詩集『まひるにおよぐふたつの背骨』は、詩を書くときの自我、あるいは詩を書くときにかかわらず、人間が本源的に備えている自我の在り方について、詩という形式の持つ直接性を用いて我々に訴えかけてくる。ところで「自我」とは何だろうか。
 近代において個人の自我が確立したとき、それは、自己同一的で、連続的で、統一的なものとしてとらえられた。「自己同一的」とは、自らが大きな変化をしないということだ。自らに多少の変化があっても、その変化を自らに帰属させることができるということだ。つまり「自己」という枠の中に常に自己が収まっているということである。「連続的」とは、途切れないということだ。途中で消えたりせずに在り続けるということである。「統一的」とは、ひとつの原理によって秩序づけられているということである。
 そして、近代における自我は、個人内部において凝集するというベクトルと、社会によって要求されてくるというベクトル、その二つのベクトルによって形成された。一方で、自己というものを統一した原理で把握しようとする、人間の理性的・体系的な志向により、自我がまとめあげられる。他方で、自由や責任の主体・帰属先として、社会的な役割をしっかり果たすものとして、個人の自我の確立が社会の側から要求される。

うっかりあなたを産んで 深く
思われなかった連打にむしばまれ
黒く焦げつくとき
まっぴるまから貝になる
貝は気が向いたときだけ舌を出すでしょう
(誘う水は体液に似ているし)
       「岸」

 さて、この引用部を見てみよう。この部分には、確立した思考や意志というものが希薄である。詩の主体は「うっかり」人を産んでいるわけであり、人を産むことについての深い思慮や強い意志は感じられない。「貝」は「気が向いたときだけ」行動する。「貝」の行動は気まぐれであり、連続する決意のようなものは見当たらない。ところで、近代以降、自我をまとめ上げるものとして挙げられてきたものは、思惟や自意識や意志であった。ところが、タケイの詩には、思惟や自意識や意志の働きがあまり感じられない。思惟の働きによって自らの在り方を統一的に認識したり、自意識による反省を加えたり、意志によって自らの行動や外界を導いていったり、そういう働きがあまり感じられないのである。タケイの詩にあるのは、統一されていないものが、特に反省されるわけでもなく、ただなんとなく無秩序に感覚されていくという心象に過ぎない。そしてこの不統一な心象は、「連打」という言葉に象徴されるように、とぎれとぎれに、明滅しながら、進むとも戻るともなく発光するのである。
 そして、この引用部において、詩の主体は「貝」になってしまっている。この「貝」は「貝である私」ではない。「私」とは異なるもの、「私」の同一性からはみ出るものとして、「貝」が存在し始める。詩における比喩は、日常言語における比喩とは多少その構造を異にする。日常言語における比喩は、あるものと他のものの類似性に着目し、比喩するものと比喩されるものを類似関係の相のもとで重ね合わせるものである。だが、詩における比喩は、類似関係を希釈化し、比喩自身が本体から独立した強度を持ち始めるのである。この引用部において、「貝」はもはや「私」と類似するものでもなければ「私」に従属するものでもない。「貝」それ自身がひとつの実体として存在と強度と文脈をまとい始めるのである。
 以上から分かるように、タケイの詩に現れている詩を書く自我は、統一的でもなければ連続的でもなければ自己同一的でもない。自我を統一する、思惟や自意識や意志の働きが希薄であり、また、詩行はとぎれとぎれに心象を映し出し、さらに、自己が自己ならざるものとして溢れ出ていってしまっている。そして、このような自我の現れ方はタケイの「願望」ですらある。

私はずっと 結ばれるよりも
ほどかれたかったし
ほどかれたら生まれ変わって
だれかのための静物になりたかった
       「黒目鳥」

 「結ばれる」ということは、統一され、同一性が保持されるということである。そうではなく、タケイは「ほどかれ」たい、つまり、統一されず、自らの同一性からあふれ出ていきたいのである。
 ところで、「結ばれる」という言葉は、視覚を連想させる。視野が「焦点を結ぶ」といった具合に。実際、近代の自己同一的で連続的で統一的な自我が一番親近性をもつ感覚領域と言えば、まずは視覚であろう。視覚は、「私」固有のパースペクティブ、つまり自我によって秩序づけられた視点を設定する。そして、目に見えるものは、自我によってこれこれのものとして認識されたり、距離がはかられたり、全体の構図が整理されたり、といった具合に統一されており、しかもそれは常に「私」固有の視点、といった具合に自己同一的であり、さらに、視界は日常の意識では連綿と続いていくものと思われている。だが、タケイが重視するのは視覚ではない。

「ひらくたびになめされあるいはなだめられむさぼるた
びに抜けてくる皮膚を省略されたまま叫ぶわたしを囓っ
ても囓っても潰れない身にほぐされかんじるまま剥かれ
ることよ」
       「karman」

 タケイが重視しているのは身体感覚である。なめされたり囓られたり潰れたりする身体の感覚である。身体というものは、思惟や自意識や意志にとっては、ある程度の他者性をまとったものである。身体というものは、その可動領域が制約されており、また動かし方も制約されている。そして、身体感覚というものも、視覚とは違い、それほどの明瞭さを備えていない。ところで、タケイの詩に現れていた、自己同一的でなく、連続的でもなく、統一されてもいない自我とは、身体の相において密かに現れていると言ってもよいだろう。というのも、身体というものは常に意識のくびきから外れて自己同一性や連続性や統一性を失いやすいものであるからだ。我々は身体において、視覚ほど明瞭でまとめあげられた認識を行っているわけではない。近代的自我とは対極にあるような詩的自我を表現しているタケイにおいて、視覚よりも身体感覚が重視されるのは当然のことであった。
 ところで、身体とは他人と共有されうるものでもある。引用部で、詩の主体は、他人になめされたり囓られたりしているが、それは身体というものが、他人の身体と交渉をもち、他人の身体により侵されまた支配されうるものであることに基づいている。さて、他人と共有されうる身体といった場合、そこでは、身体の「かけがえのなさ」「固有性」「唯一性」が放棄されていることが分かるだろう。

棒は必ずくるくると回りだすのよとわたしは言ったのに
あなたはわたしを回すためにゆっくり持ち上げてゆくか
ら天井を眺めるように空を眺めた遥かむかしにみた空と
現在の空の違いをおもっているからだがすでに折り畳ま
れて持ち運ぶためのわたしがつくられてゆく
       「水脈」

 「わたし」は絶対不可侵な神聖なものなどではない。それは、「あなた」が「持ち運ぶ」のに適したように変化させられてもかまわないのである。身体における他者との交渉において、他者が「わたし」の身体を支配できる以上、もはや身体の固有性などというものはタケイの頭にはない。
 ところで、視覚優位の近代的な自己同一的で連続的で統一的な自我というものは、自我の固有性・唯一性・かけがえのなさという思想と親和的である。一人一人がそれぞれ異なって共約不可能な視点を備えていて、しかもその視点は統一され強固なものであり、その視点の源に唯一無二の自我が君臨する。しかし、身体感覚優位のタケイの自我は、決してかけがえのないものではない。それはいつでも他人によって侵されうるし、いつでも他人のための自我になり得る。自我の固有性の神話は自我がその足場を意識ではなく身体に移すことで崩壊するのである。
 ところで、このような詩的な自我の在り方は、むしろ我々の自我の本源的なあり方を反映していないだろうか。確かに、我々は、かけがえのない存在でありたいし、自我をまとめあげたいし、社会からも自我の確立が要請される。ところが、本当はそのような近代的自我の衣装をまとうことに疲労しているのではないだろうか。詩は、哲学のような理論・体系志向ではないし、社会の要請に真っ向から応えるものでもない。詩はむしろ、哲学からこぼれおちるもの、社会の表舞台からは隠蔽されるものではないのか。哲学が把握する自我や社会から要求される自我は、なるほど自己同一的で連続的で統一的な自我かもしれない。だが、そこからこぼれおち、その裏側をなす詩的自我は、非同一的で、不連続で不統一なのではないだろうか。そして、その詩的自我にこそ、内圧と外圧から解放された、人間の自然なあり方があるのではないだろうか。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:14 | 現在の詩人たち

岩尾忍『箱』(ふらんす堂)

岩尾忍詩集『箱』小論


特に忘れることができないのは、私がこれらの作品のうちの多くを、決して冗談でなく、遺書と考えて書いたということだ。そして純粋に自分一人のために、私というただ一人の読者のために、力を尽して書いたということだ。
      (「あとがき」)

 詩というものは、放っておくと、書き手の予想もしない方向に進んでいく。それは詩が即興性の強いジャンルであることに関係しているだろう。だから、作者はそこに厳しい視線を向ける。無垢な詩行はときに作者にとって異物として感受される。そこで作者はその詩行を削り、新しい詩行を手探りするのだ。作者は詩を書くときに二重の選択をしている。一つは詩行を即興的に思いつくときの無意識の選択であり、もう一つは、その思い付かれた詩行を自己の感受性と照らし合わせて許容できるかどうか判断する意識的な選択である。
 さて、私は今「自己の感受性」などという言葉を安易に使ってしまった。だが、「自己の感受性」とは何だろうか。それは一種の様式ではないだろうか。それは、複雑な起伏に富んで、典型的なものから常に様々な方向へとずれていく、そういう差異の複合体ではないだろうか。そして、その個性的な差異の複合体が自己のものとして統御されているのだから、「自己の感受性」とは、自己の身体と非常に良く似ている。なぜなら、身体というものも典型的なものからの個体差が複合して出来上がった一つの様式であるからだ。
 さて、私は今「自己のものとして統御されている」と安易に語ってしまった。ところが、この「感受性が統御されている」という特徴は、岩尾忍の詩について特に顕著に表れているものであり、岩尾の詩を前提にしたからこそ、私はそこに統御の働きを見てとったのだ。岩尾が語るように、彼女の作品は、彼女の強い眼差しのもとで、厳しい統御のもとで書かれたものである。それゆえ、彼女の感受性は、統御された感受性であり、統御された身体に似ている。そして、彼女の作品は、彼女の感受性の起伏と差異の複合体と厳しく照らし合わされたものであるから、彼女の作品もまた統御された身体に似ている。

三階の上に四階があり
四階の上に五階があり
五階の上に六階があり
六階の上に

また三階があった
三階の上に四階が
四階の上に五階が
五階の上に六階があった
      (「階段」)

 われわれは身体を多くの場合自動的に動かしている。そのときにも当然統御の働きは働いているであろう。だが、統御が顕著に働く場合がある。例えば人ごみの中を歩くとき。向かいから歩いて来る人間から意識的に身をそらしたり、他人をじろじろ見ないように意識的に視線を伏せたり。そのように意識的に身体を統御するとき、それでも身体の各パーツは、意識が志向する運動に向けて相互に連携しあい、相互に照らし合い、含み合い、また、環境にうまく適合するように、環境と自らを照らし合わせながら運動するのである。
 作品もまた身体に似ている。それぞれのパーツの相互の連携と含み合い・意味づけ合いによって全体をつくっていく。そして、その全体をつくるときに、統御されたものとしての典型的なものは論理であろう。引用部では、岩尾は「三階の上に四階がある」というような論理を繰り返している。論理こそは、「統御された作品」の典型的な道具立てであろう。「六階の上にまた三階があった」という部分は論理の破綻であるが、この論理の破綻は、「六階の上には七階がある」という正常な論理を誰もが認識しているからこそ成立するのである。つまり、論理の破綻は論理を前提とするわけであって、論理の破綻と論理の正常な遂行は同じ平面の上でなされているわけである。

私が人である時 お前は鳥であり
私が籠である時 お前は人であり
私が鳥である時 お前は籠である
時として

私がそのいずれでもない時
夕闇に溶けている時 その時だけ
お前はぴったりと
私に重なっている
      (「時として」)

 ところが、身体というものは統御されないものでもある。いわばそれは、統御の働きが、意識の働きが、反省の働きが成立する以前にそこに在るものでもある。身体は意識と物体とを単純に折衷して出来上がるものではない。確かに、意識は物体的であり、物体も意識的である。意識の中には常に物理的存在が入り込んでくるし、物理的存在もまた意識によって照明を与えられなければその存在が支えられない。だが、身体は、意識と物体を反省的に、明るい照明のもとに連結するものではない。むしろ、身体は、意識が成立する以前、物体が対象化される以前に、つまり「私」「あなた」「それ」という人称が成立する以前に存在するものであり、意識と物体が発生してくる初源の根拠のようなものである。このいまだ統御されていない身体は、それゆえ、反省などによる規定を逃れて、様々なものに変幻自在に形を変えて流動していき、思わぬところで特定の形に凝固したりする。
 引用部の「お前」とは「私」のことであり、分散された中心のことである。先に作品は身体に似ていると言ったが、身体の外部への流出は、作品全体のレベルと作品内のレベルの両方で起こる。身体は作品として外部に流出すると同時に、作中の駒としても外部に流出する。だから、「私」は「人」「鳥」「籠」にも成り得るのである。つまり、統御されていない身体は、いまだ人称が成立していない以上、それは二人称の方角へと流動し二人称として立ち現れることも可能であるし、三人称の方角へと流動し三人称として立ち現れることも可能なのである。統御されていない身体は、「私」として中心化されていず、「私」として特権化されていないがゆえに、「お前」として中心を外部に分散させたり、「人」「鳥」「籠」として、つまり中心をもたないものとして、ただ物理的基体のみをみずから分離することも可能なのである。
 左手を野菜の上に載せ、右手で包丁を握り野菜を切る。このとき、右手と左手は統御されていると言える。ところが、料理も食事も終え、炬燵の中に手を入れながらテレビを眺めるとき、右手も左手も統御されていない。それは未明の身体であろう。このように、統御された身体と統御されない身体は、循環しており、また分節化されており、あるパーツ群が統御され互いに連携して一連の意識的行動をとったかと思うと、次の瞬間にはそれらのパーツ群は統御されずに放置され、今度は別のパーツ群が統御され連携していく。岩尾の詩において、「私」が「お前」「あなた」や様々な物体となって遍在していく過程は、「私」という統御された身体が、一度人称を失い、統御から外れて根源的な無名のものとなり、それでありながら見えないところでさまざまに流動した後に、再び「私」の反省的意識によってとらえ返され、そのときに一定の他者性をまとい、二人称や三人称の位置に凝固するという過程である。

箱こそが重要なのだ
箱さえあれば
何かを入れることができる
あるいは何も入れずに

抱いていくことができる
(中略)
「箱ですね」とあなたが言って
「箱ですよ」と私が答える
(中略)
箱こそが重要なのだ 箱さえあれば
      (「箱」)

 岩尾の身体は分裂して周囲に拡散していくだけではない。逆に、周囲から様々なものを集めて、それを身体の支配化に置こうとする、そういう運動も強く見られる。およそ認識しうるものは大概身体と何らかの関係を結んでいる。このベッドは身を横たえるもの。このテレビは眼球へと光を届けるもの。このジーパンは脚に履くもの。太陽ですら、身体によって熱を感じられる当のそのものである。このように、世界は身体によって意味づけられ、逆に身体も世界によって意味づけられているのである。身体と世界は、相互にその存在や運動の態様について影響を与えあい、互いに含み合っているのである。
 引用部において、「箱」はそもそも世界の側にあったのかもしれない。つまり、統御された身体としても、統御されない身体としても、作者の側にあったのではなく、純然とした他者として世界に転がっていたのかもしれない。ところが、岩尾はそれを自己の身体と結びつけていく。「箱」は、そこに何かを入れるものであり、抱いていくものである。何かを手にとり箱に入れる、抱いて歩いていく、その触覚と重みと運動、それらによって「箱」は作者と結び付けられていく。ところが、箱はそもそも身体ですらない。だが、未明の身体、つまり、反省以前の根源的な身体であれば、それが箱になることも可能であった。逆に言えば、箱は、無名の身体として作者の身体の一部になって入り込むことも可能なのだ。そして、それを明示的に作者の身体とするために、作者は、「箱こそが重要なのだ」と言葉を発し、さらにそれを繰り返さなければならなかったのではないか。それは、世界に遍在する他者の身体を自己の身体と関連付け、あまつさえ自己の身体として、その延長として同定する、その肯定作業ではないのか。「箱ですね」「箱ですよ」という確認作業は、箱を自己とは異なるものとして確認する作業なのではなく、「箱」を明示的に言語化することにより、その存在と自己との意味づけ合い・含み合いを確認し、未明の身体として自己の身体に組み込まれた他者を自己の身体として明示的にとらえ返そうという作業なのではないか。
 詩と身体の関係といった場合、まずは詩と身体の類似性について語ってもよいのかもしれない。詩も身体も、様々な起伏に富んで様々な差異を含んでいる一つの様式によって成立している。だから、詩を書く過程と身体を動かす過程は似ている。詩は作者の感受性の様式に従って、部分同時が連携しあい、意味づけ合いながら書かれるだろうし、身体もまた、その存在や習慣の様式に従って、パーツ同士が連携しあい、含み合いながら運動するだろう。そして、詩も身体も、作者の統御のまなざしで強く規律することができる一方、その統御から逃れて未明の流動的な領域で様々に変幻することが可能だ。そして、詩の内部のモチーフにおいて、身体はさまざまな形態をとってあらわれてくる。特に岩尾の詩に顕著だったのは、二人称や三人称を厳然とした他者として扱うのではなく、むしろ、自己の身体の変形したものとして、自己を反省的にとらえ返すものとして、二人称や三人称が用いられていた点だ。さらに、岩尾は他者をも自己の身体の中へと組み込もうとしていた。
 さて、岩尾の詩に特徴的なこの傾向はいったい何を意味するだろうか。私はそこに一種の不安と安堵の絶えまないいたちごっこを感じる。「私」がいったい何者であるか分からない、そういう不安。そして、世界の側、他者の側の存在も何者・何物であるか分からない、そういう不安。その不安を解消するために、自己を異なった形でとらえ返したり、他者をも自己の中に取り込んだりする。そのことによって一応安堵する。ところが、身体というものは常に統御し続けることが不可能なものであるから、統御されない未明の身体は絶えず同定できない流動的な存在を分泌し続ける。だから、岩尾は完全に安堵することができない。自己を「お前」などとして対象化しても、他者を自己の中にとりこんでも、それもつかの間、いつの間にか自己から何かが抜け落ちていくし、他者は再び他者に戻っていく。岩尾はその統御されたものが統御されないものとして自己から分泌されていく、その事実に敏感なのだ。それゆえそこから絶えざる不安が生じ、不安を解消するために自己の同定を続けなければならない。この同定作業を象徴する物が「箱」ではないか。「箱」とは自己の身体であり、自己の同一性である。岩尾がこの詩集でやりたかったことは、自己の身体が絶えず他者として自己を分泌していくのを、あくまで「箱」の中にとらえ返そうとする、その運動ではなかったか。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:12 | 現在の詩人たち

殿岡秀秋『日々の終りに』(書肆山田)

殿岡秀秋小論


0.はじめに

 殿岡秀秋は弱い人間である。だがこの弱さは詩人にとって必要な弱さである。まず、殿岡は武装しない。思想や理論や謀略や機知をことさらにめぐらすことをせず、時間や連想の流れの中に素肌で漂い、健やかに手足を伸ばす。武装するということは、外界に過剰に働きかけることであり、また外界から過剰に身を守ることであり、そして感性の自由を大幅に失うことである。外界との親愛に満ちた自由な交渉は、武装しないことで初めて可能になるのだ。次に、殿岡は受動的である。自らに詩を語らせるというよりは、むしろ自らによって詩を語らせられているのである。詩を書くことの気負いが詩に不自然な突起や異物感を生じさせることなく、彼の詩の列にはただ水が流れ落ちるかのような自然なすがすがしさがある。能動的であると、抵抗を克服するときに必ず一種の屈折が起きる。一種のわだかまりが残る。そういうものが殿岡の詩には感じられないのである。そして、殿岡はその感覚が非常に柔らかい。殿岡の感覚には外界を遮断したり反射したり破壊したりする硬さがなく、むしろ外界と融和し混合し睦み合うのである。殿岡は、武装せず、受動的であり、柔らかい、そういう弱さを持っているが、この弱さこそが、彼の詩に自然と友愛と自由をもたらしているのである。本稿では、『日々の終りに』(書肆山田、2009年)を採り上げ、彼の弱さが詩の中でどんな様相を呈していたのかについて述べる。

1.時間と苦悩

過去のあることと、現在の苦悩とが瞑想の中で、出会う。追憶と現在の苦悩の響き合いが、今回の詩集を貫くテーマになっている。
       (「あとがき」)

 殿岡の詩が現在と過去との出会いで成立していることは分かりやすい。だが現在とは何か、過去とは何か、それらが出会うということはどういうことか。そして、殿岡ははたしてそれほど「苦悩」しているのだろうか。彼の「苦悩」という言葉に込められた思いは、単純な「苦しみ悩むこと」以上のもっと豊饒なものなのではないか。

頬の痛みはすぐに消えても
胸のうずきはいつまでも
渦潮の渦は消えても
潮の満ち干でよみがえる

母の手のひらで叩かれた頬を
自分の手で抑えてうずくまる
こころは波に打たれ
ぼくは黒い海に落ちていく
       (「胸の渦潮」)

 現在というものは過剰なものである。現在は、光と色彩と音声と香りと手触りと味わいに満ちていて、その情報量と密度と質の充溢は、人間の容積・能力を優に超えている。そして現在とは瞬間に過ぎず絶えず流れていくものである。人間はだから、過剰な現在を置き去りにしたまま、それを過去に捨て去ってしまう。逆に言うと、人間は自らがとらえきれない現在に置き去りにされるのである。人間が現在を置き去りにし、現在が人間を置き去りにするという、相互の「見捨て、見捨てられる」関係が、人間にとっての現在のあり方である。
 だが、現在は単純に見捨て、見捨てられるわけではない。現在は常に人間に愛されている。だから人間は現在を拒絶するわけではない。現在とは人間にとって最も強度のあるものであり、人間にとっての唯一の実在である。現在とはそれほど価値のあるものであるから、人間はそれをその愛情の先端である認識によってとらえ、そしてそれを記憶の中に、愛情の海の上に、浮かび留まらせようとする。人間は過剰な現在から過去を選び取る。そして選び取られた過去を記憶の海に漂わせることで、自らのより強められた愛情の対象にするのである。
 人間は現在と必然的に出会う。だが人間は価値ある現在と別れなければならない。そこで、お互いに惜別の念を抱きながら見捨て合うが、そのときの形見として記憶が残るのである。人間は記憶をいつまでも愛玩し続ける。現在に対する愛情は比較的無差別で薄いものであるが、過去に対する愛情は、差別的で強いものである。
 引用部を見ると、殿岡は母に頬を打たれた記憶を書いている。母に打たれた瞬間、殿岡にとってその経験はあまりにも過剰であり、それをどうとらえてよいかわからなかっただろう。どうとらえてよいかわからないままその瞬間は去っていき、だが、それほど衝撃的な瞬間であったから、殿岡のその瞬間に対する愛情も強かった。それは選び取られ、細部を削ぎ落とされ、強度を落とされて記憶の中に入り込む。だが、記憶として愛玩されるにふさわしいように歪められなければならなかった。「ぼくは黒い海に落ちていく」という詩行は、まさに、現在が記憶化する中で、現在から失われたものを、殿岡がその過去への愛情ゆえに新たにこしらえた詩行だと言えよう。つまり、彼が頬を打たれた瞬間には、黒い海に落ちていく感覚はなかったのかもしれない。だが、彼が現在に見捨てられ、過去が矮小化し、もともとの過剰さを失ったとき、せめてその過剰さを回復しようと、過去をゆがめ、過去を創作し、過去を愛するにふさわしく装飾しているのである。すなわち、過去の中に現在の視点からの修正が含まれているのである。
 だが、現在と過去の出会いとは、現在の殿岡が過去を「かつての現在」の形見として愛玩し、過去を現在の視点から加工する、それだけの関係ではない。過去が、過去そのものではなく、姿を変えて現在化する、それを殿岡が現在の中で感じ取る、そういう関係もある。引用部には、「頬の痛みはすぐに消えても/胸のうずきはいつまでも」とある。母に打たれた過去は、「胸のうずき」として姿を変えて、殿岡の現在の中にいつでも入り込んでくるのである。過去が姿を変えて現在化するためには、人間の一種の生理を介さねばならない。追憶という心理だけでは現在と過去の遠近法を破ることができない。その場合、「うずき」というものは、最も過去を現在化するにふさわしい感覚である。「痛み」では現在的すぎるし、「わだかまり」では過去的すぎる。まさに過去の引力にひかれながらもなおも現在に顔を出さずにはいられない「うずき」こそが過去と現在を生理的につなぎ、過去を現在化するのに最も適している。
 さて、殿岡によって現在が見捨てられ、現在によって殿岡が見捨てられ、それでもなお殿岡は現在を愛し、現在の中からさらに愛すべきものを過去として強く愛し、また彼は現在の視点から過去を加工するとともに過去も現在化する。そんな中で殿岡の「苦悩」とは一体何であるのだろうか。それは彼の詩に頻出する「母」のモチーフを抜きにしては語れない。

  母の愛を求めて
  得られなかった飢えに
  ひび割れてできた胸の隙間へ
  きみの言葉が落ちてしまった
  もともとその空洞を埋めて
  しなやかな胸になるために
  きみといるのではないか
       (「悲しみの小石」)

 殿岡においては、現在と母というものは似た位相にある。現在というものは人間に必然的に与えられる強度のある唯一の実在であり、人間がそれに対して愛情を抱くものである。同じように、殿岡にとって、母というものは彼に必然的に与えられかつ彼にとって唯一の頼れる存在であり、また彼が本能的に愛してやまない存在である。そして、現在というものが過剰であるがゆえに、殿岡が現在を見捨て、また現在が殿岡を見捨てざるを得なかったのと同様に、殿岡の母は、教育のためかそれとも多忙のためか、殿岡をある程度見捨て、それゆえ殿岡も母を見捨てざるを得なかったのである。「母の愛を求めて/得られなかった飢えに」という詩行に、彼が母親を見捨てていることがうかがわれる。殿岡は現在を愛するが現在が過剰なゆえに現在を見捨てざるを得なかった。同じように、殿岡は母を愛したが、母から十分に愛が返されなかったがゆえに母を見捨てざるを得なかった。愛すると同時に見捨てなければならないという葛藤、これこそが殿岡の「苦悩」ではなかったか。
 そしてこの苦悩は単純に「苦しみ悩む」ことではない。殿岡は現在を見捨てながらも記憶の中にその一部を温存することでそれを慈しみ続け、それを詩化し続ける。母に拒絶されたと感じながらも「もともとその空洞を埋めて/しなやかな胸になるために/きみといるのではないか」と語り、「きみ」によって母の欠落を埋めようとする。彼の苦悩は愛することと見捨てなければならないこととの葛藤だけに収束するものではない。彼の苦悩はもっと広がりを持っていて、その広がりの中には、過去を愛したり過去を修飾したり、それでも母への思慕をいつまでも持ち続けたり、母の欠落を「きみ」で補ったり、そういう一連の心的過程が含まれている。それら全部をひっくるめた豊饒な広がりが、殿岡の「苦悩」なのである。

2.比喩と実体

月光を反射する草花の目がいっせいにぼくを見る
(中略)
黄色い花の奥や
葉の中央の窪みに
その目はある
日光の下では閉じて月影に開く
       (「草花の目」)

 「あの人は植物のようだ」というとき、「植物」という比喩は実体を持たない。実体を持つのはあくまで比喩されている「あの人」であり、「植物」は単なる想像上の比較点としてしか意味を持たない。「あの人」の実体性は極めて強いが、「植物」の実体性は極めて弱い。だが、比喩の現場においては、比喩されるものと比喩するものの実体としての強度はさまざまである。「月光を反射する草花の目」というとき、その「目」は依然想像上のものだと思われる。つまり、「月光を受けて立つ草花があたかも殿岡を見つめているかのように対峙しているその態度」というものが比喩されるものであり、それは実体性が強いが、その態度を比喩するものである「目」は依然想像上のものであり実体性が弱い。だが、「あの人は植物のようだ」における「植物」よりも、こちらの「目」の方が実体性は強くないだろうか。「あの人」よりもこちらの「草花の態度」の方が実体性は弱くないだろうか。殿岡はこのようにして、比喩されるものの実体性を弱めていき、逆に比喩するものの実体性を強めていく。

何も言わなかったことを
ぼくを監視する警吏が許さない
       (「笛を持つ警吏」)

 この詩は、そば屋で残り物を出されたのに怒らなかった自分を戒める自己意識を「警吏」で比喩している。警吏は自己意識の比喩でしかない。だからそもそも実体性は弱いはずなのだ。ところが、この詩では警吏がどんどん実体化されていく。

警吏は大きな十字路で
笛を吹きながら交通整理をする巡査の格好で
銀色の笛を持つ
(中略)
四角い空が
ひらけるとともに
眼に飛びこんでくる店の看板
とたんに警吏が現れて笛を鳴らす
(中略)
ガラスのドアを閉める
警吏は何か言いたそうである
ぼくは立ち去ろうとして振り返る
        (同編)

ここまでくると、もはや比喩されるものである自己意識などその存在すら忘却され、殿岡を戒める存在としての比喩するものである警吏の実在性ばかりが強められる。そうすると面白いことに、本来想像の産物でしかない比喩というものが、その実体性が限りなく強められることにより、非比喩に近づいてくるのである。

雪の翌朝
りんごの眼
バナナの鼻
炭の眉をした雪だるまを父が作った
       (「月影の出口」)

この雪だるまの実体性と、先の警吏の実体性にそんなに差はあるだろうか。比喩とはそもそも二重写しである。実体性の強い比喩されるものに実体性の弱い比喩するものを重ね合わせるのである。ところが、殿岡は、比喩するものを克明に描いていくことで、つまり想像力をたくましく発揮していくことで、比喩されるもの(自己意識)の実体性を弱め、比喩するもの(警吏)の実体性を強め、最終的には、比喩の舞台を、警吏という比喩するもののみが存在するという一重構造に帰せしめている。これは、雪だるまが存在するという非比喩の一重構造と変わらない。殿岡は雪だるまの思い出を語るのに何ら想像力を駆使していない。ただ記憶を語っているだけだ。だが、面白いことに、自己意識を警吏で比喩し、その比喩をどこまでも想像力を駆使して克明に描いていくことにより、比喩の二重構造は失われ、想像の産物であるはずの警吏は現実のものと等しくなる。つまり、比喩を克明に展開し、想像力を限りなくつきつめていくと、そこには非比喩・現実が生じるのである。比喩の極致は非比喩であり、想像の極致は現実なのである。
 殿岡は、このように様々な強度の実体性を備えた比喩を駆使するが、それを可能にしているのが、やはり初めに述べた彼の弱さなのではないだろうか。比喩は彼にとって武装ではなかった。意識的に武装すると武装の在り方が画一的になりやすい。だが殿岡にとって比喩とは、自らの体験を語るのにちょうどよい媒体であり、自らの想像力を泳がせるちょうどよい浴場なのである。自然にしなやかに自由に想像力を働かせていくことによって、様々な強度の実体性を備えた比喩が作られた。そこに定型はなく、無理な気負いもなく、ただ経験と混ざり合うときに自然的に反応する、その反応の仕方が多種多様な比喩だったのだ。

3.おわりに

 殿岡はなぜ詩を書いているのか。それは、やはり愛するものと「見捨て、見捨てられる」関係に立たざるを得ないという傷が原因ではないのか。愛するものとは、一番は母であろう。母から見捨てられ、母を見捨てなければならなかった傷。そして自分の人生というもの。自分の人生、特に少年時代を慈しみながら、その人生が過ぎ去っていくのを見送らざるを得ないという傷。だが、彼は科学的にその傷を治療しようとはしない。彼はむしろ、その柔軟さゆえに、その傷と和解する道を選んだ。傷を克服するのではなく、奔放な想像力・比喩を駆使することでその傷を薄めると同時に、その傷の存在を承認した。殿岡の詩は、彼の傷との和解の産物である。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:09 | 現在の詩人たち

高塚謙太郎『さよならニッポン』(思潮社)

さよならパリ
――高塚謙太郎とボードレール


0.はじめに

心斎橋を歩いていると、すれ違う人々の肛門の悉くに言葉の端子を捻じ込んでやりたい衝動に駆られることがある。(中略)だがその無数の肛門に捻じ込みたい言葉は、なぜか優しさに満ちている。
             (『さよならニッポン』帯文)

高塚謙太郎の詩集『さよならニッポン』(思潮社、2009年)は、このような(1)攻撃性(肛門に言葉を捻じ込む)と(2)残酷さ(そのことを意識化し文章化する)、(3)愛情(言葉の優しさ)に満ちた詩で構成されている。ここで「残酷さ」とは攻撃を意図的に行っていること、つまり攻撃に故意があることを指す。無論この三つの特徴だけで高塚の詩を語れるわけではないが、この三つの特徴は私にボードレールを想起させるに十分だった。そこで、本稿では『さよならニッポン』と、ボードレールの『パリの憂愁』(福永武彦訳、岩波文庫、1957年)を比較することによって、高塚とボードレールとの共通点や相違点を指摘し、そこで共通点が意外と多いことを示し、生きた時代も人生もスタイルも違う二人の詩人の共通性の根拠に迫る。『パリの憂愁』を選んだのは、高塚の詩に散文が多く、『パリの憂愁』もまた散文詩であること、また『パリの憂愁』からはボードレールの特質が見えやすいこと、による。

1.一つの図式

 家具という家具は、長々と寝そべり、疲れ倦んだ形をしてぐったりと横たわる。家具さえ夢見るような風情を持つ。植物や鉱物と同じく、夢幻に遊ぶ生命を授けられてでもいるようだ。織物の類は声のない言葉を語っている、花々のように、大空のように、沈み行く太陽のように。
              (『パリの憂愁』「二重の部屋」)

翻る乳房の屋根裏で、滞る在来線、或は、心思う軸の傾き、雲級並べ。
              (『さよならニッポン』「姫」)

 この二つの引用部を比較してみよう。ボードレールの吐く言葉は、外界の事物と矛盾しない。つまり、ボードレールの描くものは外界に存在することが可能である。比喩や修飾がかけられていても、「家具」や「織物」は、そのまま外界に存在しうる描かれ方をしている。その一方で、高塚の言葉は外界と矛盾する。乳房に屋根裏はないという意味で「乳房の屋根裏」は論理的に存在しない。乳房が翻ることはそのまま外界には受け入れられず、姫が身を翻すことで同時に乳房も翻るのだ、という解釈を媒介にしなければ外界に受け入れられない。さらに、雲級とは雲の分類のことであるが、分類概念を空間的に「並べ」ることは外界にとって受け入れられない。
 ボードレールの描くものは外部に存在することが許容される。すると、ボードレール自身はそれを内部から見ていると考えるのが自然だろう。一方で高塚の描くものは外部に存在することが禁じられる。それゆえ、彼の描くものは内部にしか存在しえない。すると、書く主体と書かれたテクストとの存在論的な差異を考えると、高塚自身は内部からはじき出されて外部に居ることになる。そして、高塚は外部を充填することで世界内の存在として世界と交感する。以上から、ここで一つ高塚とボードレールを区別する雑な図式を考案してみよう:

F1.高塚は外部にいながら内部を描く。一方ボードレールは内部にいながら外部を描く。内部は有限で外部は無限だ。内部と外部の流動的な境界にこそ詩が生まれる。

高塚は自らを外部化することで同時に自らを無限化した。彼は外界の文法に制限された有限な存在ではなく、あらゆる言葉を生み出せる無限の存在である。一方でボードレールは自らを内部化することで同時に世界を無限化した。彼は外界の文法に制限された有限な存在ではあるが、外界の文法に従うことによって、無限の外界を探索することができるようになった。ボードレールにとって外界の文法は無限への橋渡しなのである。
 さて、F1のもとで境界や世界というものはどのような位相にあるか。ボードレールの場合は単純である。ボードレール個人の精神が内部を充填し、その精神が外部すなわち世界と接する境界で詩が生まれる。詩は境界を経て内部から外部へと投げ出され、外部の事物と併存しうる。一方で、高塚の場合は事情は異なる。外部を高塚自身が充填すると考え、外部から内部へと境界を経て詩が投げ込まれるとすると、世界の居場所は高塚のいる外部ということになる。つまり、世界は常に外部にあり無限であるが、ボードレールはみずからを内部化し作品を外部化したのに対し、高塚は自らを外部化し作品を内部化した。ボードレールは自己を一応世界から切り離しているのに対し、高塚はまさに世界内の存在として世界と交感する。
 さて、この単純な図式は維持しうるのだろうか。それを検討する前に、内部と外部の境界で授受される二人の詩の在り方について検討していこう。

2.境界

2.1.攻撃性

 私は露台に近寄ると小さな植木鉢を手に取った。硝子屋の姿が玄関の表口に現れるのを待って、彼の担荷の後ろ枠のちょうど真上に、手にした武器を垂直に投下した。一撃の下に硝子屋はその場に転倒し、行商用の大事な財産が、全部、彼の背中の下でこっぱ微塵と崩れ去った。
             (『パリの憂愁』「不都合な硝子屋」)

庭師を夢見ている、乱世の庵で。短刀を持ってくるものを一斬り、返り血浴びる、反物を持ってくるものを一縊り、梁を傷める、杳く日々を喰らう、そういう人に私はなりたい。
             (『さよならニッポン』「黄金」)

ボードレールは、倦怠と夢想の発するエネルギーに従って人生を美しくするためにこのような突発的な攻撃性(ガラスを割ること)を示したと言っている。つまり彼は、詩の内部で、自らの攻撃性を他の自らの属性との関連づけの中で説明している。
 このような明示的な自己言及性は当然高塚の詩にはないが、高塚もまた他人や物に対する攻撃のモチーフを好んで取り上げる(「一斬り」、「一縊り」)。ボードレールは、他にも風刺や軽蔑によって社会的文脈の中で他人を攻撃しようとする。つまり、ボードレールは何らかの文脈の中に自らの攻撃性を位置付けているのに対し、高塚はあらゆる文脈から引き離されたところに自らの攻撃性を置こうとする。さらに、高塚の攻撃性とその独立性は、意味内容の次元だけではなくレトリックの次元でも顕われている。

指で払う。滞った畳なわりの一々。終日、呼吸に譲り、乾く間なく、刷られる傾き。
             (『さよならニッポン』「女房」)

ここでは何を指で払っているのかわからない。指で払われる目的となるものが無残に切断され拒絶されている。また、「一々」とは何の一つ一つなのかも分からない。何の一つ一つなのか、通常の文章では明記されるが、それが切断され拒絶されている。さらに、「傾き」のような体言止めの多用。名詞には本来何かしら言葉が続くはずだがそれが切断されている。この切断・拒絶の攻撃性は、まさに文脈を拒絶することで成立している。
 ボードレールが攻撃性を文脈の中で説明し、また攻撃性の余波を意識していたのに対し、高塚はむしろ文脈自体を攻撃し、攻撃性を独立させ純化させることで、その攻撃性の引き起こす結果に対して責任を負わないのである。これは高塚の詩の内部性=有限性にふさわしい。高塚は自らの攻撃性を有限化することで逆に純化している。それに対してボードレールの攻撃性は外部性=無限性を持っていて、外界の文脈と接合されることで、説明や責任の無限の連鎖の中に組み込まれていく。それゆえ、高塚の攻撃性はその衝動、つまりいまだ何物とも関わらない段階において優れていて、ボードレールの攻撃性はその結果、つまりもはや様々なものと関わってしまっている段階において優れている。
 いずれにせよ、高塚とボードレールには攻撃性という共通点があることは疑いがない。ただ、その現れ方が、高塚においてはモチーフとレトリックの両次元において有限的・純粋であり、ボードレールにおいてはモチーフの次元で無限的・不純なのである。ボードレールのレトリックからは攻撃性よりはむしろ愛情が感じられるが、これについては後述する。

2.2.残酷さ

 「残酷さ」という言葉を、私は「攻撃性を自覚しながらあえて攻撃すること」の意味で使いたい。攻撃性を自覚するとき、人はそれに対して「やってはいけない」という無意識の反発を抱く。攻撃性を自覚しながらあえて攻撃するということは、攻撃の対象を攻撃するだけでなく、その「やってはいけない」という心理的障害を破壊することでもあるのだ。その意味で、故意のある攻撃こそが真に残酷だと考える。そこには二重の攻撃があるからだ。
 2.1.で見たとおり、高塚の攻撃性は文脈に依存せず独立しており、その衝動と行動の即自性・完結性に特徴がある。その攻撃性の意識、すなわち残酷さは、それゆえ独特の特徴を帯びてくる。つまり、攻撃性を抑止する「やってはいけない」という心理的障害は極めて弱まってくる。その一方で、攻撃の快感やレトリックの快感が彼の意識を深く満たしていく。攻撃してはいけないという抑止力と、攻撃の快感を天秤にかけたとき、この純粋な攻撃においては攻撃の快感の方が勝利するのである。するといつのまにか「攻撃してはいけない」のではなく「攻撃すべきである」という義務が生じてくる。高塚の残酷さは、「攻撃性を自覚しながらあえて攻撃すること」であると同時に「攻撃性を自覚しているが故に進んで攻撃すること」であり、この両者の混合こそが彼の残酷さの特徴である。
 それに対してボードレールの攻撃性は文脈に依存していて、説明や責任の連鎖の中に置かれている。彼は自分の攻撃性について責任を負うが故に、それを説明し正当化しなければならなかった。彼の残酷さの中にも「攻撃性を自覚しているが故に進んで攻撃すること」が含まれているが、それが彼の残酷さに入り込むには説明や正当化という迂遠な道筋を通っているのである。
 つまり、高塚とボードレールの残酷さは、純粋な(1)「攻撃性を自覚しながらあえて攻撃すること」ではなく、そこに(2)「攻撃性を自覚しているが故に進んで攻撃すること」が混ざって緊張した複合体である。だが、高塚にとってこの混合はごく自然なものであり、(1)が弱まると同時に(2)が強まっているのに対し、ボードレールにとってこの混合は、説明や正当化によって辛うじて勝ち得、それを失う不安と常に戦わなければならない迂遠なものであり、(1)という本来の残酷さがそれほど弱まらず、むしろそれと不断に戦わなければならない。

2.3.愛情

 ドロテは進む。その豊かな腰の上の、細りした胴体をものうく揺りながら。明るい薔薇色をした、ぴったりと身体に合った絹の上衣は、彼女の皮膚の暗色の上に鮮やかに際立ち、すらりとした肢体、くぼんだ背、尖った乳房をくっきりと彫り出している。
                (『パリの憂愁』「うるわしのドロテ」)

百合愛ず、日と浦隠る炎に成り果せて、主なき厩の爪弾く書損に合す。勘定違いの発話、然も芸閣より垂れる階に五指を立て、頬に齟齬を埋む、姫。
                (『さよならニッポン』「姫」)

同じく少女を描いたこの二つの部分は、どちらも少女を愛撫するかのように丁寧に修飾しているという意味では類似している。『パリの憂愁』において、レトリックは主に修飾と直喩によって担われている。特に修飾の繊細さと説得力において、ボードレールはそのレトリックの手腕をいかんなく発揮している。この修飾による存在の細部に至るまでの愛撫、ここに両者の愛情が見て取れる。
 そして、修飾というものは皮肉なもので、修飾の対象以外の事物を用いないと十分に実践できない。形容詞だけの修飾は修飾として不十分である。例えばボードレールは、ドロテの純粋な存在だけではドロテを修飾できない。ドロテに対する最も純粋な愛情の表現は、ただ「ドロテ」と書くことだと思う。そこにボードレールの無量の愛情がつぎ込まれている。だが、それではドロテがどれほど愛すべき存在なのかが他者に伝わらない。ボードレールがドロテを愛していること、そしてドロテが愛情に値する存在であること、この二つを他者に伝えるためには、ただ「ドロテ」と書くだけでは足りず、「ドロテの純粋な存在」以外のさまざまな事物による修飾という迂路を辿らなければならない。ボードレールの愛情は、まず無量の愛情が詰まった「ドロテ」という言葉のみに始まる。その愛情を他者に伝えるため、「豊かな腰」「細りした胴体」「絹の上衣」という「ドロテの純粋な存在」以外の事物を用いなければいけない。ここで愛情は拡散する。つまり、ドロテに対する愛情が、その腰や胴体や上衣に乗り移って拡散してしまう。だが、一見拡散してしまったかのように見える愛情が、今度は弁証法的に「ドロテの純粋な存在」に集約され、「ドロテ」という言葉に対するより高められた愛情が表現される。つまり、ボードレールの愛情は、(1)ドロテに集約した状態から、次に(2)ドロテを取り巻く事物やドロテの性質へと拡散し、そのことによって再び弁証法的に(3)修飾によってより高められたドロテの純粋な存在へと集約していく。
 高塚においても、「姫」に対する愛情は、「姫の純粋な存在」への愛情から、「百合」「炎」「五指」「頬」への愛情へと拡散し、その拡散=修飾の彼方に、より高められた愛情として弁証法的還帰を遂げる。だが、高塚においては、修飾による拡散の度合いがボードレールよりも大きい。ボードレールは少女を、少女と経験的に結びつき易い要素で修飾していた。「肢体」「背」「乳房」は当然に「少女」という概念と典型的に結びつく。それに対して高塚は、「姫」を、少女とは典型的には結び付かない要素で修飾している。「厩」「勘定違い」「齟齬」など。つまり、ボードレールの修飾が「少女」という概念を中心に求心的であるのに対し、高塚の修飾は遠心的なのである。高塚においては少女への愛はより遠くへと拡散し、そこから隔絶を経て再び集約するのである。その集約の高速性が、愛情の密度を増している。

2.4.音楽性

 詩の音楽性は、従来(1)感情的側面、(2)聴覚的側面で語られてきたように思う。まず、(1)詩の展開するイメージの変転や劇的要素が惹起する感情的印象が、音楽を聴いたときの感情的印象に類似する、そういう意味で詩の音楽性が語られたりする。次に、(2)詩における韻律や詩を音読したときの耳触りが、耳に心地よいという意味で音楽と類似する、そういう意味で詩の音楽性が語られたりする。
 だが、私はここで、(3)構造的側面から詩の音楽性について語ろうと思う。音楽とは、不連続な音たちが、人間の感性に照らして心地よくあるようにという規範に従って、メロディーや和音を形成するものである。この(1)構成要素の不連続性と(2)構成要素を連結する際の規範性、これが音楽の構造上の特徴であると思われる。

 港は、人生の闘いに疲れ倦んだ魂にとって、魅力ある休息所である。空の無窮、雲の移動し行く建築、海の移り変る色彩、灯台の灯の燦き、それらは、飽くことなく眼を愉しませるために、巧妙にしつらえられたプリズムである。
                 (『パリの憂愁』「港」)

 まず単語はみな不連続である。「港」「は」「人生」「の」、みな不連続である。だが、人間が文章を読むとき、単語間の不連続性は特に意識されない。むしろ、それまでの経験や言語経験に文が即していれば、人間は単語間に連続性を感じる。「人生の闘いに疲れ倦んだ魂」というなんの蹉跌もないフレーズに対し、人間は連続性を感じる。
 それに対して、論理的・物語的に等置にあるものが列挙されているとき、人間はそこに不連続性を感じる。論理や物語の筋道通りに進めば文は連続的だが、列挙においてはその筋道が複線化するからである。「空の無窮」「雲の移動し行く建築」「海の移り変る色彩」「灯台の灯の燦き」、これらは論理的・物語的に等置であり、その列挙は不連続感を生む。つまり、詩の音楽性の構成要素は単語というよりはむしろイメージであり、イメージの不連続なつながりが心地よいメロディーを生む。そして、それら列挙されたイメージは「プリズム」という不連続なイメージによって比喩されることによって、心地よい和音を生む。つまり、ボードレールにおける詩の音楽性は、(1)描写や修飾の列挙による不連続なイメージで構成されたメロディーと、(2)それらのイメージを比喩で別のイメージと重ねることにより形成される和音、このような構造により説明される。

顔の巣の中で、弔鐘は鳴りやみ、列車の過ぎた唇となり、窺う、時折浮いては沈む母の仕組み。
               (『さよならニッポン』「美しすぎて」)

 それに対して、高塚の詩においては不連続性の作り方が多少異なる。確かに列挙や比喩による不連続性はある。「顔の巣」の中で「弔鐘」や「唇」が列挙されているが、列挙されているものの間の関係が希薄なのである。ボードレールにおいては、列挙されているものは港にあってしかるべきものという括りに収まっていた。「港」という概念に典型的に結びつくイメージが列挙されていた。それに対して、高塚の詩においては「顔の巣」の概念と「弔鐘」「唇」は関係性が極めて希薄である。つまり、列挙によって作り出される不連続性の程度が大きい。
 また、高塚の詩においては比喩による和音の作り方も異なる。「母の仕組み」とあるが、通常母について仕組みが語られることはない。母とは子を産み育てる人間であり、仕組みとは機械的な物の成り立ちである。「母の仕組み」という連結においては、「母」と「母の機械的・構造的側面」が重なり合い、「機械的・構造的側面」が読み手に意識されることによりこの連結が媒介されている。つまり、通常は連結されない「母」と「仕組み」を連結することにより、その媒介項としての「母の構造的・機械的側面」を生み出し、それが「母」「仕組み」と重なり合って和音を形成するのである。
 そして、今見たとおり、「母の仕組み」というイメージは、そのイメージ内部で不連続性を内包している。「母」と「仕組み」は「構造的・機械的側面」により媒介されなければいけないほど不連続なのである。
 さて、これらのイメージ間やイメージ内部での不連続性によりメロディーや和音が形成されているわけだが、高塚においてメロディーや和音は決して心地よいものではない。それは、(1)列挙の不連続性の程度が大きいこと、(2)イメージ内部でもすでに分裂が起きていて構成要素がそもそも不純であること、(3)比喩による和音が必ずしも自然に形成されてはいないことによる。ボードレールの音楽が印象派のような心地よい印象を作り出す友愛的な音楽であるのに対し、高塚の音楽は、セリー音楽のようにメロディーや協和音を否定して不連続に跳びまくる攻撃的な音楽である。

2.5.虚無の充填

 現在はなぜ生まれるのか。世界は過去で終わっていてもよかったはずである。にもかかわらず、次から次へと現在が生み出され、その現在が生み出される状況とはまさに虚無が充填される状況である。現在を生み出している者が何者かは知らないが、その現在を生み出すのと同じ作用を詩人は詩作行為において行っている。
 現在を生み出している者は、単純に過去を参照してそれと整合するように虚無を充填しているのかもしれない。だが、詩人の虚無との関わりはもっと深い。詩人は虚無を参照した上で虚無を充填しているのである。つまり、何もないところから詩行のきっかけをつかみ取り、それを何もないところへと投げ出していく。

彼女が、眼もあやな豪奢な宮廷服を纏い、夕暮の美しい大気に包まれて、広々とした芝生と泉水とに面した宮殿の大理石の階段を、しずしずと下りて来たとしたなら、どんなにか綺麗だろう!
                 (『パリの憂愁』「計画」)

蝉から時雨れていく。いずれから望まれ暮れていくか、という息において、一斉に鳴き始める。
                 (『さよならニッポン』「サマータイム」)

 ボードレールが「彼女」の行為を想像するとき、その想像は「無からの創造」に近い。ボードレールの想像力はしばらく虚無をさまよった上で、宮廷服を纏ったりするイメージをつかみ取ってくるのである。同じく高塚も、「いずれから望まれ暮れていくか」という蝉と関係の薄い詩行を虚無からつかみ取ってくる。
 だが、両者ともさまよう場所は同じ虚無であったとしても、さまよっている際の心理状態は異なっている。また、詩行をつかみ取った後、それを手放す際の心理状態も異なっている。ボードレールは希望に満ちたさまよい方をしている。一度イメージをつかんでしまえば一気にそれを無反省に並べていける。それに対して高塚は希望と絶望をともに抱きながらさまよっている。一度イメージをつかんでも、それが自らの許容する詩として成立するかどうか分からないからだ。高塚はせっかくつかんだ言葉でも時には破棄し、それを採用し並べるときも慎重に並べていく。
 詩行を求めて虚無をさまよう段階では、ボードレールは虚無と和睦し、高塚は虚無と敵対する。一方で、詩行を得てそれを虚無に投げ込む段階では、ボードレールは虚無に対して無遠慮であり、高塚は虚無に対して礼節を尽くす。

2.6.さよならパリ

 さて、ここで内部と外部の境界で起こっていることをまとめよう。高塚もボードレールも、攻撃性と残酷さと愛情を備え、音楽性のある詩を書き、無から創造したものを無へと投げ込んでいる。ただ、その態様が微妙に異なっている。
 両者に共通するのは、世界や自己と積極的にかかわっていこうとする激情である。それが一方では攻撃性として現れ、他方では愛情として現れる。それは、両者が世界や自己に対して自覚し独立した者であるからだ。虚無に飽き足らず、そこから何かをつかみ取ろうとする者であるからだ。世界や自己との距離が大きいほど、世界や自己は強く対象化され、深い関与の対象となる。
 ボードレールが倦怠を嫌ったのは、倦怠が自己が世界に埋没して世界からの独立性を喪失した状態だからだ。おそらく高塚も倦怠を嫌うだろう。そして、高塚が自らの詩集を「さよならニッポン」と題したのも、ニッポンという自己であり世界であるものへの愛情と攻撃性を示すためだと思われる。さよならするということは、相手に対する拒絶であると同時に相手に対する関与でもある。また、何か偶然的な事物の介入により、愛するものと別れなければならなくなり諦めることでもある。ボードレールも、自己であり世界であるパリへの深い激情を込めて、自らの詩集を「さよならパリ」と題することも可能だったはずだ。

3.もうひとつの図式

 F1は、高塚が外部にいながら内部を描いたのに対し、ボードレールは内部にいながら外部を描いた、と主張する。
 だが、まず、高塚は内部に投げ込まれた自分の詩の言葉に対しても、それと激情的に深く関与することで、外部としての自己の中に取り込み、その言葉のすぐ外側に外部を作ることが可能だ。また、外部にいる自己のあらゆる場所を起点にそこに内部を作り、それぞれに独立した内部を無数に作りうる。それは彼の詩の優れた不連続性から導ける。
 次に、ボードレールは、外部にあるあらゆる事象を深く愛しまた攻撃することによって、その近傍に自己すなわち内部を作ることが可能だ。また、彼のあらゆる内部は内部として自足し倦怠に陥るのに飽き足らず、常に外部を求めそのすぐ外側に外部を作りたがる。
 つまり、両者の位置する空間においては、ともに、あらゆる場所に内部と外部が併存する。そこで、次のような図式が導ける:

F2.高塚もボードレールも、すべての空間に瀰漫する。その空間においては無限小の内部が外部に包まれて無限に敷き詰められている。つまり、あらゆる場所が内部でも外部でもある「境界」となった空間に、両者はいる。

両者の位置する空間はあらゆる場所が境界であり、それゆえあらゆる場所が詩なのである。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:07 | 現在の詩人たち

廿楽順治『たかくおよぐや』(思潮社)

物語―半物語―物語
         

0.はじめに

 廿楽順治の詩集『たかくおよぐや』(思潮社、2007年)を語るには、その規範逸脱の仕方やモチーフの特殊性に言及するのが恐らく適切であろう。閉ざされた空間ですべき愚痴や否定的感情の吐露をおおっぴらにやることや、括弧内の部分を前の部分ではなく後ろの部分に接続することの規範違反性。人間の変形や喰い物、感情的批判というモチーフ選択の特殊性。だが、私は、廿楽の詩の構造や行為の特殊性を指摘することで、議論に幾分の抽象性を持たせ、他の詩人を論ずる際にも役立つような批評を試みてみたい。廿楽の詩がどのような構造を備え、どのような行為をなしているかを語るためには、何らかの基準との対比が有効である。その基準として、私は「物語」という言説のタイプを選ぶことにする。廿楽の詩はどのような意味で物語であり、どのような意味で物語でないか。そして、それが書かれまた読まれる場合にどのような物語を伴わせるか。

1.半物語

〈転居〉
家賃はこんなもんだろう。すこし古いが、若いうちはこういう平屋も経験さ。三日ばかりふたりで住んでいると、縁側から見える海が、すこしずつ膨れてきた。津波にしてはいやに緩慢だが、用心してあまり眠らないことにしよう。言ってるそばから、覇気のない波が床にぽわんとあがってくる。やばいな、これは。だって家賃がこんなもんだから、と妻はのんきなことを言っている。こら、いいかげんに目を覚まさんか。わたしは大声をあげて妻を見た。と思ったらなんだ船虫ではないか。こんなやつ、わたしは知らない。       (「無呼吸。」より)

廿楽の詩は物語性が弱いので、比較的物語性が強いと思われる散文詩を引いてみた。散文詩でも廿楽の詩は十分物語性が弱いことを示そうと思う。
 ところで物語とはなんだろうか。本稿ではジャン=ミシェル・アダン『物語論』(文庫クセジュ)を参考に、物語の構造と物語行為の作用を説明する。あるテクストが物語であるためには、構造的には(1)諸事件の継起、(2)テーマの単一性、(3)変換される述語、(4)事行、(5)因果関係、(6)最後の評価、が必要である。それでは、引用部がこれらの要件を満たしているかどうか検討して、その物語性の程度を明らかにしていこう。
 (1)「諸事件の継起」とは、物語の時間性のことであり、事件が時系列に沿って次々と起こっていくことである。引用部では、家に三日住んだ→海が膨れてきた→余り眠らないことにした→波が上がってきた→妻がしゃべった→大声をあげた→見ると船虫がいた、という風に、時間の流れに従って出来事が継起している。よって、引用部はこの意味では物語性がある。なお、廿楽の詩でも、例えば「肴町」は肴町のありかたを並列的に記述するだけで時間性がなく、その意味で物語性がない。
 (2)「テーマの単一性」とは、少なくとも一人の演技者としての主体について言説が展開されることである。引用部は、「わたし」という主体への人間的興味に基づき書かれていて、その意味でテーマの単一性があり、その意味で物語性がある。なお、廿楽の詩でも、例えば「あさくさにいく」では、主体が「うんち」「軍人」「きたないひとたち」「仁丹のあのおやじ」「ぼくたち一家」と替わり、テーマが変転していき、その意味で物語性がない。
 (3)「変換される述語」とは、主体をある時点で性質付けていた述語が、後の時点で別の述語になっていることである。つまり、主体に何らかの変化が生じることである。ここでは(5)因果関係も同時に検討しよう。因果関係とは、出来事の継起が互いに無関係ではなく、因果の連鎖で結び付けられていることである。引用部では、家に住んでいるという主体の状態に、海が膨れてくるという出来事が起こることに因って、余り眠らないことにするという主体の状態の変化が導かれている。主体は出来事の介在によって述語を変え、出来事と述語の変化には因果関係がある。引用部には述語の変換と因果関係があり、その意味で物語性がある。ただし、妻が船虫に変わることは明確に何かによって惹き起こされたことではない。妻がしゃべったり「わたし」が大声を出すことは妻が船虫になることの原因にはなっていない。その意味で引用部には因果関係のない部分もあり、物語性が弱まっている。
 (4)「事行」とは、何かが始まり、それが続き、それが終わるという一連の事件のまとまりである。これはいわば(1)(2)(3)(5)の上位概念であり、それらを前提にした巨大的な事件の連合である。引用部では、海が膨れてくる(始まり)→波が床に上がってくる(継続)→妻が船虫に変わる(終わり)、という構造があるが、波が床に上がってくることと妻が船虫に変わることの間には、通常の因果関係がない(解釈で読み込むことは可能だが)。その意味で、引用部は事行として不完全であり、物語性が弱い。
 (6)「最後の評価」とは、話者が結局その物語で何を言いたかったかを示すものである。この点、引用部は、特に明確に何かを主張するわけでも教訓を示すわけでもなく、評価は読者に対して開かれている。「わたしは知らない」という末尾は、船虫に言及しているだけでテクスト全体には言及していないため、「最後の評価」とみなすことはできない。引用部はその意味で物語性が弱い。
 以上から、引用部は、諸事件の継起、テーマの単一性、変換される述語、という物語の構造的構成要件は満たすが、因果関係、事行、最後の評価、という物語の構造的構成要件は満たさない。それゆえ、引用部は「物語」とは言えず、「半物語」とでも言うべきものである。

2.行為の側面

 物語行為はコミュニケーションの一種であり、複数人により構成される発話空間を独占し、何らかの主張を聞き手に伝達するものである。その際、聞き手の注意を引くために始めに結論や評価が投げかけられたり(「面白い話があるんだ」など)、聞き手を納得させるために最後に明確な主張が投げかけられたり(「こうして俺は偉くなった」など)する。引用部にはそのような主張の投げかけがないという意味で、通常の物語行為をしていない。但し、廿楽は作品「木のよう」において、端緒と末尾において「木のようなのだった」という作品全体に向かった評価を加えているが、むしろそれは例外である。
 では、廿楽の詩は一体どんな行為をしているのか。それは、1.で述べた廿楽の詩の非物語的な特性から導かれると思う。まず、通常の因果関係を設定しない(いきなり妻が船虫になる)ことから、謎が生まれている。また、全体として何を言いたいのかも判然としないという謎もある。この「謎の投げかけ」こそが、廿楽の詩の行っている行為なのである。それによって、読者は詩的感興を覚えたり、解釈に導かれたりする。それによって、読者の批評行為が導かれ、それが作者へと伝達されることで、さらなるコミュニケーションが生まれたりする。

3.物語―半物語―物語

 物語というものは個人の中で確立した認知の枠組みであり、言説は物語という形式をとることで聞き手や読み手によく理解される。物語的であることは、有意義な情報を伝達する際の一種の規範として作用していて、それゆえ物語性のない言説を前にすると、人間はその規範からの逸脱を既存の認知枠組みの中に回収できず、そこに謎を見出す。廿楽の詩や他の多くの現代詩は、その物語性からの逸脱によって、聞き手や読み手の既成の認知枠組みからはみ出ることで美感を生み出そうとする。
 さて、そのような謎の投げかけがなされる場において、一体何が起こっているのか。物語を行為としてとらえる以上、そこには行為の主体と行為の受け手が想定される。行為の内容、すなわち詩のテクストに物語がない以上、人間の物語への欲求は、テクストの外側に物語を求めようとする。すると、そこには、書き手のたどる書かれざる物語、読み手のたどる書かれざる物語、があることが分かってくる。すなわち、書き手は、時系列に従って、自らを単一のテーマ(書く主体)とし、詩を書き始め、詩を書くことで何らかの変化をし、出来上がった詩を自分なりに評価する。読み手は、時系列にしたがって、自らを単一のテーマ(読む主体)とし、詩を読み始め、詩を読むことで何らかの変化をこうむり、その読詩体験を自分なりに評価する。特に、引用部における謎の投げかけは、読者に感銘を与えることで読者に情緒的な物語をたどらせることができる。そして、読者は今度は書き手として批評を書くという新たな物語を始めるかもしれない。ここには、作者の物語―書かれた半物語―読者の物語という三重構造がある。

4.おわりに

 廿楽の詩の、「物語」という規範からの逸脱は、他の多くの現代詩も行っていることである。私は多くの現代詩の行っている規範逸脱のひとつの例証として、廿楽の作品、特に引用部について詳しく分析した。それゆえ、廿楽の詩の特殊性について十分語れたとはいいがたいが、そのような反批評的な批評は、むしろ広い適用可能性を持つことによって、詩を批評する、あるいは批評しようとしている人間にとって有益であると考える。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:05 | 現在の詩人たち

笹野裕子『今年の夏』(空とぶキリン社)

笹野裕子「今年の夏」をめぐって
          

1.対位するものから浮遊する散文

私は歩いていた
標識のない道であった
ときに景色が
逆に流れる場所がある
見知らぬ森
        (『道標』より)

 散文の特徴の一つとして結束性(cohesion)の強さというものがある。要するに文と文とのつながりの強さである。ここではまず結束性とフレーム(枠)の関わりについて簡単に論じてみる。ちなみにフレームとは、語などの意味の背景にある経験や認識のことである。
 引用部では、まず私が歩いていたことが示される。そして、どのような場所を歩いていたかを、後続の詩行が付け加えている。「私は歩いていた」は一つのフレームを作り出し、そのフレームには、「私」が誰であるか、どんな人であるか、「私」はどのように歩いていたか、どこを歩いていたか、歩いているときどんな出来事があったか、そういう付加的な状況が背景として潜在している。「私は歩いていた」という詩行が書かれたとき、そのような様々な付加的事象が様々な強さで「私は歩いていた」に結びつく。「私は歩いていた」は様々な関連する事象が配置される一つの「場」を作り出すのであり、この「場」が「私は歩いていた」のフレームである。
 詩の一つの連の結束性が強いということは、その連で主題となっている事象のフレームに、それぞれの詩行が典型的なあり方で収まっているということである。この場合、詩の散文性は強くなる。Aが「Bが歩いている」状況を経験するとき、通常、AはBの属性や歩く場所や周囲の状況もまた同時に経験する。よって、「私は歩いていた」という認識には、経験則上「私」の属性や歩く場所や周囲の状況の認識が、強く(典型的に)結合する。それに対して、例えば「洞窟は濡れていた」は、「私は歩いていた」の展開するフレームにおいては非典型的である。つまり「私は歩いていた」との結合が弱い。「私」が洞窟を目指しているような特殊な事情のない限り、「私は歩いていた」にまつわる状況として「洞窟は濡れていた」は経験されないからだ。
 さて、引用部の主題は「私は歩いていた」であり、2行目の「標識のない道であった」は歩く場所であり、3行目と4行目「ときに景色が/逆に流れる場所がある」は歩く場所の属性であり、5行目の「見知らぬ森」は俯瞰的に見た歩く場所である。引用部に現れる詩行は、引用部の主題の展開するフレームに典型的に収まっていて、それゆえ引用部は結束性が強く、すなわち散文性が強いといえる。
 笹野は上記の意味で散文性の強い詩を書いている。だが、笹野の詩には、単なる散文であることを拒絶する構造的特性がある。それは、書かれた詩行の連なりと、書かれざる常識的な認識、さらには書かれた詩行のパラフレーズとの対位構造である。非常識的認識である「ときに景色が/逆に流れる場所がある」、この詩行が読まれる具体的な時間経過の下方では、「景色は常に後ろ向きに流れる」という常識的認識が流れている。さらに、意味をつかもうとして何度か「ときに景色が/逆に流れる場所がある」を繰り返して読んでいるうちに、その詩行の解釈、たとえば「主体が後ずさりすることを強いられる場所があるという意味である」がその詩行の下方に流れたりする。
 このように、笹野の詩においては、詩行の流れが幾筋かに分岐し、もともとの詩行の流れから分岐しもともとの詩行に対位するものとして、常識的認識や可能的解釈がもともとの詩行とともに流れてゆく。「ときに景色が/逆に流れる場所がある」は、顕在的な詩行として意識の表層に現れやすい。それに対して、潜在する常識的認識である「景色は常に後ろ向きに流れる」や、可能的解釈に過ぎない「主体が後ずさりすることを強いられる場所がある」は、意識の表層に現れにくい。いわば、非常識的認識である顕在的な詩行は、常識的認識や可能的解釈を底辺に控えさせ、そこから自在の距離をもって浮遊しているのである。このように、顕在的な詩行を主旋律として、それに対位するものとして常識的認識や可能的解釈を分岐させ伏流させるという経時的構造は、単なる散文よりも詩に多く見られる構造である。笹野の詩は、上記の意味で詩的である。

2.主体と客体との豊穣な入れ替わり

人にたくさん会った日は
耳がかゆい
詰まった言葉を全部取り出してしまわないと
すっきり眠れない
とくべつ念入りに耳そうじをする
ティッシュペーパーを一枚広げ
耳から剥がした言葉を並べていく
(中略)
きっとどこかで私の言葉を剥がす人がいる
深い闇をはさんで
私はその人と向き合う
その向こうでも
耳そうじをする人
そしてその向こうにも
        (『剥がす』より)

 引用部の前半では、言葉を発する主体は他人達であり、言葉を剥がす主体は「私」である。客体として言葉を受け取るのは「私」であり、客体として言葉を剥がされるのは他人達である。だが、引用部の後半では、前半における主体が客体になっている。引用部の後半では、言葉を発する主体は「私」ほか複数人であり、言葉を剥がす主体はある一人の他人である。客体として言葉を受け取るのはある一人の他人であり、客体として言葉を剥がされるのは「私」ほか複数人である。引用部においては言葉を剥がす者と剥がされる者が交代しているのだ。このような主体と客体との交代は、ほかにも、『道標』(鳴き声を聴く者と鳴く者が交代する)、『なまえ』(見つける者が見つけられる者になり、なまえを知る者がなまえを知られる者になる)、『スポンジの木』(したたらせるのを見ている者が、自らしたたらせる)、でも見られる。
 主体や客体が入れ替わるパターンを少し分類してみる。まず文に出てくる動詞が自動詞の場合。「Aが鳴く」を基本形とする。

(1)「aが鳴く」(ただしAとaは無関係。)
 例えば「鶏が鳴く」に「雀が鳴く」が後続する場合。ここで入れ替わるのは主体のみであり、客体が登場しない以上、主体と客体の入れ替わりは生じない。

(2α)「aが鳴く」(ただしaはAの鳴き声を聞いているが、Aはaの鳴き声を聞いていない。)
 例えば「鳥が鳴く」に「私が鳴く」(私は鳥の鳴き声を聞いている)が後続する場合。「鳥が鳴く」において、実質的に言えば、「私は鳥に鳴かれている」のであり、「鳥は私に対して鳴いている」。「鳴く」は実質的に他動詞化しているのであり、「鳥が鳴く」→「私が鳴く」においては「鳴かれている者」→「鳴く者」という具合に客体が主体に入れ替わっている。しかし、「私が鳴く」においては、鳥は私の鳴き声を聞いていない。よって、「鳥が鳴く」→「私が鳴く」においては「鳴く者」→「鳴かれる者」という交代が起きていない。主体と客体の入れ替わりは片面的である。

(2β)「aが鳴く」(ただしaはAの鳴き声を聞き、Aもaの鳴き声を聞いている。)
 例えば「タマが鳴く」に「ミケが鳴く」が後続する場合(タマとミケは同じ場所にいる)。「タマが鳴く」において、タマは鳴く者、ミケは鳴かれる者であり、「ミケが鳴く」において、タマは鳴かれる者、ミケは鳴く者である。「鳴かれる者」→「鳴く者」、「鳴く者」→「鳴かれる者」の両方の交代が起こっていて、主体と客体の入れ替わりは双面的である。

次に文に出てくる動詞が他動詞の場合。「AがBを食べる」を基本形とする。

(3)「aがbを食べる」ただしabはABと無関係。
 例えば「人が肉を食べる」に「山羊が野菜を食べる」が後続するような場合。このような場合は主体のみ、客体のみが入れ替わっていて、主体と客体の入れ替わりは生じない。

(4)「BがAを食べる」
 例えば「私は夜を食べる」に「夜は私を食べる」が後続するような場合。「食べる者」→「食べられる者」、「食べられる者」→「食べる者」の両方の交代が起きていて、主体と客体は双面的に入れ替わっている。

(5α)「cがAを食べる」
 例えば「私は夜を食べる」に「昼は私を食べる」が後続するような場合。「食べる者」→「食べられる者」の交代はあるが、「食べられる者」→「食べる者」の交代はなく、主体と客体は片面的に入れ替わっている。

(5β)「Bがcを食べる」
 例えば「私は夜を食べる」に「夜はあなたを食べる」が後続するような場合。「食べられる者」→「食べる者」の交代はあるが、「食べる者」→「食べられる者」の交代はなく、主体と客体は片面的に入れ替わっている。

 さて、笹野の詩に出てくる主客交代は、すべて片面的なものである。(2α)か(5α)の類型である。引用部は「剥がす」という他動詞が問題となっていて、「剥がす者」(「私」)→「剥がされる者」(「私」)の交代はあるが、「剥がされる者」→「剥がす者」の交代はない(「私」が剥がした言葉が、私の言葉を剥がすある他人のものであるとは限らない)ので、(5α)の類型である。では、このような片面的主客交代はどのような詩的効果を持つか。
 まず、(3)のように主客交代がない入れ替わりはそれほど面白くない。「人が肉を食べる/山羊が野菜を食べる」には、同じ構造の繰り返しという微弱な面白みがあるに過ぎない。だが、(4)のように主客交代があると、一つの文構造においてある要素が一方の極で安住していたのに、その安定を裏切りその要素はその文構造の反対の極へと移動してしまう。「私は夜を食べる」において、「私」は作用素・主語としての地位で安定していたのに、すぐさま「夜は私を食べる」において受動素・目的語としての地位に反転させられる。この不安定さが読者の期待を裏切り、読者に認識の更新を強制し、それが微弱な違和感とともに知的な刺激となって読者の感性を楽しませるのだ。
 だが、(4)の双面的主客交代のケースでは、「主体が客体を食べる」という文構造の要素(主体・客体)を埋めるのは「私」と「夜」だけであり、文構造が適用される範囲が広がってゆかない。主客交代は閉じてしまっていて、「私」と「夜」しか交代する要素がない。それゆえ閉塞感がある。それに対して、(5α)(5β)の他動詞に関する片面的主客交代の類型では、主客交代が起こるだけではなく、文の構造の中に新しい要素を引き受け、主客交代が次々と無限に連鎖していく予感を読者に抱かせる。「私は夜を食べる/昼は私を食べる/あなたは昼を食べる/朝はあなたを食べる/…」といった具合にである。この連鎖の予感、広がりの予感が読者を楽しませる。
 他動詞に関する片面的主客交代は、主客交代の楽しみを閉塞感なく、広がりの予感とともに読者に味わわせる。引用部では「その向こうでも/耳そうじをする人/そしてその向こうにも」という風に、主客交代の無限連鎖を明示的に示し、読者に遠くを眺望するような感覚を効果的に与えている。

3.強いられた快活さ

今朝の電話
姉さんの声はどこか呆けた人のようだった
お父ちゃんの肺に影があるらしいんよ
大丈夫なん?
大丈夫なわけないのに間の抜けた声でわたしは聞いた
(中略)
電話を切ったとたん
ひーって変な声で泣いてしまったから
目も鼻も腫れてしまったから
もうお昼になってしまった
        (『今年の夏』より)

 詩人は詩を書くとき、軽い興奮状態になり、快活な精神状態になることが多い。だが、快活な精神状態にあるからといって快活な詩が出来上がるとは限らない。快活な精神状態のもとで重苦しい詩が書かれたり、グロテスクな詩が書かれたり、淡白な詩が書かれたりする。だが、笹野は快活な精神状態の下でそのまま快活な詩を書いている。この直接性に笹野の詩の魅力がある。笹野の詩は肉声に似ているのだ。というのも、喜んでいる人の声は喜びの調子を帯びるといった具合に、肉声は精神状態を直接反映するからである。喜んでいる人の声は聞く人の心も喜びの方角に偏向させる。同じように、笹野の快活な詩は読む者の心をも快活にし、詩を媒介にして作者と読者の心理状態が似通ってくる。笹野の詩は、作者の詩を書く楽しみを読者に分け与えるのに最も適している。
 笹野の詩の快活さは、日常語の使用や感性の鋭さ、表現の直接性に由来する。これに対して、仮に笹野が漢語や観念語を多く使い、月並みのことしか感受できず、一つ一つの表現を吟味していたら、快活な詩にはならなかっただろう。だがそれだけではなく、一つの習慣、一つのシステムが、実際上は笹野の詩の快活さを生み出している。笹野は詩としての表現を積み重ねていくある段階で、鋭い感性に裏付けられた直接的な日常語の使用という詩作習慣・システムを形成し、これに束縛されるようになった。だから、今となっては、笹野は自ら形成したシステムによって快活な詩を書くことをいわば「強制」されているのである。だから、引用部のような父の重篤な病に関する詩でも、笹野は快活に書くことを「強いられた」のである。詩人が自ら形成した詩作習慣に束縛されることによって、テーマと書法がそぐわない詩が創り出されることがしばしばある。
 「自由詩」とは言っても、実際は、詩人は自らの形成した詩作工程に束縛され、認識の精度や表現の範囲などはそれぞれの詩作工程によってそれぞれ制限される。それぞれの工程にはそれぞれの長所・短所があり、完璧な詩作工程など存在しない。笹野の詩作工程だったら、詳細な描写や認識、観念的な世界把握などの点においては弱い。自らの詩の足りない部分を補おうとしたら、詩人は新たなる詩作工程をものにしなければならない。もちろん新しい詩作工程にも欠点はあるわけで、詩人の技能習得の旅に終わりはない。

完成度の高いものを目指すんではなくて、『自分の詩』を目指すようにしたいなあって。迷ったり、間違えたりしながらでも自分の足で歩いていく過程が、わたしの詩の道とちゃうかしらんって
        (『あとがきにかえて』より)

ここで「自分の詩」は、あたかも唯一絶対の何物かであるかのように語られているが、「自分の詩」は複数あってもかまわない。むしろ複数あるべきである。実際、「迷ったり、間違えたりしながらでも自分の足で歩いていく過程」において、複数の詩作工程を身につけることは大いにありうるし、そうあるべきである。複数の詩作工程を体感した方が、詩についてより深く客観的に理解することが可能になるからである。

4.生き物としての詩集

 詩集「今年の夏」を手に取り、様々に角度を変えて眺め、心地よい重みを感じながら、軽くめくってみたりする。詩集は自ら目に見える動きをしたりはしない。だが、私には「今年の夏」は植物のように瑞々しく静かな生を営んでいるように思えてくる。詩集を動かしたりページを繰ったりするのは確実に私なのだが、にもかかわらず、実は詩集が自ら動いたのではないかとすら思えてくる。
 「今年の夏」がひとつの生き物であるという印象は、3で述べた笹野の詩の快活さに由来する。笹野の詩は生気にあふれているから、詩を物理的に情報化していて詩の印象の原因となっている詩集の文字たちが生きているかのような錯覚を覚え、さらにはそれらの文字たちの物理的な支持体となっている冊子全体にまで、「生きている」という錯覚が波及していく。
 笹野の詩は笹野の生命を直接的に反映し、物理的な詩集としての「今年の夏」は笹野の詩を物理的に情報化しているのだから、笹野の生命は笹野の詩を介して詩集にまで及んでいるように感じられるのだ。これが可能になっているのは、笹野の詩が生気にあふれ笹野の生命を直接的に反映しているからだ。私は笹野の詩集を読むまでは、「この詩集は生きている」と感じたことはなかった。今となってはあらゆる詩集に生命を感じることができると思うが、そのきっかけは笹野の詩集であるし、笹野の詩集がその快活さゆえに読者に非常に生命を感じさせやすいことは事実だと思う。
 人間の道具の中で、本は比較的生命を感じさせやすい。なぜなら本は文字を通じて我々に語りかけてくるからだ。本のなかでも詩集は特に生命を感じさせやすい。なぜなら詩集は詩人の肉声を伝えることが多く、詩人の生命がより直接的に投射されているからであり、また詩集は我々を情緒的に楽しませることが多く、その楽しみの活力が詩集に投射され、詩集自体が活力を備えているように思われるからでもある。詩集の中でも笹野の詩集は特に生命を感じさせてくれた。それは笹野の詩が肉声に近く、感性の発露によって読者を楽しませ、快活なものであるからだ。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 05:02 | 現在の詩人たち

高岡修『屍姦の都市論』(思潮社)

詩であり論であるということ
               

 高岡修「屍姦の都市論」(思潮社、二〇〇五年)は、詩であると同時に、「都市論」とあるように論でもある。では、それはどのような意味で論であり、それが同時に詩であることによって何が実現されているか。

1.事実と評価

 ここで「事実」とは、感覚(あるいは超感覚)経験をもとに、それを定型的な出来事の枠組みの中へと構成したものである。「評価」とは、事実をもとに、(1)複数の事実の間に関係を見出したり、(2)複数の個別的事実から普遍的な命題を抽き出したり、(3)事実を特定の基準に照らして判断したりすることである。大雑把に言えば、経験から事実が構成され、事実から評価が構成される。事実を「論」と呼ぶことはできないが、評価なら「論」と呼ぶことができる。

q1.都市のまどろみに吊るされているのは夢。既に全身を傷口と化した袋状の夢である。(7ページ)

ここにあるのは「夢が吊るされている」という個別的事実だけであり、事実を述べるだけでは論とはならない。

q2.いま、都市のまどろみに吊るされた夢がひときわくきやかに見えるのは、やがて明けようとする永遠の一日へのおののきが、袋状の夢の傷口を、さらに鮮明に裂いているからである。(7ページ)

ここでは、「夢」が「くきやかに見える」という事実と、「おののき」が「鮮明に裂いている」という事実が、結果と原因という関係で結ばれている。これは評価であり、論と呼ぶにふさわしい。

q3.本能的に影は浮力のものだ。だが、それでもなお、影は物質として微量の重さを持っている。したがって、鳥たちは、空の深みへ影を捨てにゆく。(51ページ)

本詩集は、特定の都市について語るという体裁をとっていて(「この都市」という表現を使っている)、およそ都市一般について語っているわけではない。だが、ほとんどの記述は一般名詞で語られるので、どの記述が普遍的な命題で、どの記述が「この都市」内部でのみ通用するのかは微妙である。「影」「浮力」「重さ」については普遍的に語っているようであり、その部分については論である。だが、「鳥」についての記述は、「この都市」の鳥を念頭においているようで、個別的な事実を記述しているに過ぎず、論とは呼べない。

q4.その滅びの肉化を屹立しているものがあるとすれば、それこそが死者の情念の蟻塚。(73ページ)

ここでは「蟻塚」を「屹立しているもの」と判断・評価しているので、この部分は論と呼べる。
 このように、本詩集では、(1)「この都市」についての個別的事実が述べられたあとに、その事実の理由を語ったり、その事実を評価したりする一方、(2)一般名詞の利用により、「この都市」のみについて妥当する個別的事実を述べるだけでなく、普遍的に妥当する命題も述べている。要するに、事実と評価、すなわち事実と論が混在し、論が事実を前提としたり、論を前提に事実が展開していったりする。

2.評価により開かれる詩的領域

 評価すなわち論を展開することにより、詩的な感興を惹き起こす記述を展開する領域が開かれる。
 まず(1)複数の事実の間に関係を見出す場合。例えば、ある事実と別の事実の間に原因・結果の関係がある場合を考える。詩人が、通常ありえないような原因から結果が惹き起こされていると記述する場合や、通常は気づかれていない真の原因を結果に対して対峙させる場合、それが説得的なものであれば、読者に新鮮な感動を与えることができる。q2では、おののきが傷口を裂くことによって夢がくきやかに見える、とされている。だが、そもそも夢に傷口など存在しないのだから、おののきが夢の傷口を裂くこともありえず、そのような原因はありえず、そのような原因と結果の関係もありえない。ありえない原因と結果の結びつきで驚きを導いている。
 また、事実と事実を関係でつないでいくことは、詩の世界を広げていく一つの方途である。

q5.枯れかけた一本の街路樹がかたく眼を閉じている。その想念にみずみずと息づいている一本の若木(中略)。しかし、気がつけば、この都市の枯れかけた街路樹のすべてが、その想念の中にある。その想念の総体が、森である。死者たちも、ときおり、その森で遊ぶ。(57ページ)

ここでは、「街路樹」と「想念」と「森」と「死者」の客観的で時空間的な関係により、科学的な世界が構成されている。ここにあるのは、詩の世界を大きくかつ繊細なものにする技術である(なお、q5において描かれている関係は、例えば原因を探るような主観性の強い作用を媒介としていない客観的な関係であり、そこでは個別的な事実が提示されているに過ぎないようにも思える。事実と評価は判然と区別されるものではなく、q5はいわば事実と評価のグレーゾーンに位置するものと言える)。
 次に、(2)複数の個別的事実から普遍的な命題を抽き出す場合(通常、普遍的な命題がいきなり提示され、帰納の過程は意識されない)。この場合には、詩の記述の適用される範囲が広がる。q3では「本能的に影は浮力のものだ」という一般論が語られているが、これは世界に存在するあらゆる影について語っているのであり、記述のカバーする事象領域はきわめて広い。それゆえ、特定の影について通常ありえない記述をするよりも、読者に強い驚きを与えることができている。特定の影について新奇な認識を提示しても、ほかの影については日常的なあり方をしているかもしれないので驚きはさほど強くないのである。
 次に、(3)事実を特定の基準に照らして判断する場合。これは詩人が得意とするもので、例えば比喩はこの類型に入るだろう(ちなみに比喩は事実と事実の類似関係を見出すものだから(1)の類型にも該当する)。

q6.まさしくメビウスの環のように、無限もまた、完全に閉ざされた球体の、内なる鏡の反映の中に生まれ出るのである。(39ページ)

ここで詩人は「メビウスの環」のある特定の性質に着目し、それを基準にすると、「無限」もまた似た性質を持っているので、「無限」と「メビウスの環」は類似すると判断しているのである。
 ただ事実を描写して累積させていくだけでなく、それについて、例えば自分の感性を基準として巧みな形容を加える。あるいは、別の事実を基準としてそれと比較することで、問題となっている事実が基準となる事実と類似していれば比喩を使い、対照していれば対比させる。そのようにすることで、詩人は、詩に、事実の喚起するイメージだけでなく、それについての詳細な認識による豊かさを持たせることができる。また、提示した事実にまつわる別の事実のイメージを加えることで、イメージの融和や対立が生じ、詩の喚起するイメージを複雑にすることができる。
 論であるということは、詩の世界を広げ、詩の記述の妥当する領域を広げ、それと同時に詩の感銘力を強める。また、詩における認識を詳細にし、詩の喚起するイメージを複雑にし、そのことによって詩を豊かにする。詩であり論であるということはそのようなメリットを持っているのであり、本詩集はそれを有効活用している。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 04:58 | 現在の詩人たち

光冨郁也『バード・シリーズ』(狼編集室)

+剥離+呼吸+孤独+写像+


1.はじめに

 光冨郁也の詩は白磁のように硬くて白くて滑らかだ。硬さは、詩語の硬さでありまなざしの硬さであり何よりも孤独の硬さである。白さは、詩世界を覆う光の白さであり風格の白さであり何よりも感知力の白さである。滑らかさは、語感の滑らかさであり詩行の連続の滑らかさであり何よりも呼吸の滑らかさである。

2.+剥離+呼吸+

 TVのカードの残り時間が切れた。電源の切れた暗い画面に、自分と背後の窓が映る。たわむ色のない世界。物音しない病室。点滴はもう液がなくなりかけている。そろそろ看護師が来るころだろう。二の腕にさしている点滴のチューブを見つめる。透明な液が私に流れている。(『海の上のベッド』より)

 何気ない日々の暮らしの中で、時折、事象を感受する能力が高まることがある。意識に一種の力がみなぎり、あらゆる事象との接続が容易に感じられることがある。まるで意識が輝く水、すべてをあまねく満たす水になったかのように。あらゆる事象は元来とても鋭いものであるが、その鋭さを鈍らせることなく直接に受け入れる状態。そのような状態において、世界は世界から剥離する。より人間に近い位置へ、より光と痛みに満ちた高度へと剥離する。
 光冨は、そのような剥離した、より鋭い世界の中で、常に何かと調和することを忘れない呼吸をする。吸気とともに光や形、音などが受け止められ、詩的生命が、それらとかつて吸われたものどもを変換して、呼気とともに彼の詩が生まれる。彼の詩行の簡素な打楽は、彼の普遍的な呼吸を、彼の普遍的な生命を、忠実になぞっている。光冨は決して呼吸を荒げることがない。だから、光冨の詩を貫くのは、空間を刻む呼吸の機械性であり、生命の機械性である。
 引用部を読めば分かるとおり、光冨の感覚には無駄な修飾すなわち過剰な認識が入り込まない。事象は修飾によりぼかされることなく、ありのままに近い状態と鋭さで読者に譲り渡される。そして、修飾や情緒により詩行を生み出す呼吸が乱れることもない。呼吸はあくまで淡々と滑らかに空間の中に居所を穿っている。

3.+孤独+写像+

女の腕の中、乳房に頭をあずけ、浴室に置き忘れた眼鏡を気にしながら、わたしは子どものように、身をまかす。彼女のひれがわたしの足にあたり、彼女の緑の、長い髪が、わたしの首筋にからまる。海の底、女に抱かれた、はだかのわたしに、魚が、群がる、静かな青。女は、わたしの二の腕に唇をあて、下をはわせ、歯をたてる。のぞきこむ彼女の目から、わたしは視線をそらす。(『サイレント・ブルー』より)

 『サイレント・ブルー』は後の『バード・シリーズ』を予感させる作品である。想像された動物的な女との淡白な交渉。孤独な男が孤独な女を生み出し、その女とのかかわりで一層孤独を深めていく。
 光冨の詩には三種類の孤独が出てくる。主体である男の孤独と、想像された幻想的な女の孤独、そして死んだ父親の孤独である。
 主体である男は他人との無垢な連帯を喪失し、たとえ他人と交渉することがあっても、その交渉の甘い架線の周囲には、常に絶対零度の真空が限りなく広がっていて、その甘い架線をすぐに切断する。だから引用部において男は女の視線を受けたときに「視線をそら」さないではいられないのだ。裏切られることは目に見えているからだ。男の孤独は人間的な孤独である。
 想像された幻想的な女――これはハーピーだったりマーメイドだったり精霊だったりする――はたいてい動物的であり、他の者と、人間的な観念と情緒の伴った交渉をすることができない。彼女らは触れたり視線を投げたり意味のない声をあげたりすることしかできず、たとえ男に触れようと、そこに人間的な愛情や欲望はない。女の孤独は動物的な孤独である。
 死んだ父親については、『コミック雑誌』『スカイライン』などが、その生前の有様や死後の周りの者たちの様子を描いている。死んだ者はもはや精神が存在しないから、他人との交渉が絶対的に不可能である。他人は、死んだ者についての記憶と交渉することしかできず、死んだ者自身とはもはや永遠に交渉することができない。父親の孤独は死者の孤独である。
 男は孤独に慣れるあまり孤独を純化しようとした。だが、究極的な孤独である死者の孤独は、人間である男にとっては厳しすぎた。そこで、孤独の純化を、動物的な孤独を備えた女を想像することにとどめたのである。男の孤独は、女の孤独へと、より純化される形で写像されているのである。男は、自分より孤独な存在である女とは安心して戯れることができる。女は社会性がないので自分を傷つけないからであり、女は人間的な交渉をしないからのちに自分を裏切ることもないからである。それでもときに女は自分の役割を超えて男の目を人間的に覗き込んだりする。男はそれを欲しながらも嫌う。

4.おわりに

 光冨の詩は禁欲的である。光冨自身が禁欲的ということもあるが、むしろ詩自体が禁欲的である。それは読者に絡み付こうとしない。読者にぶら下がろうとしない。読者を貫こうとしない。ただひっそりと生えている植物のように、読者に何かを積極的に投げかけようともしないし、読者から何かを積極的に受け取ろうともしない。現代詩には、明確に意味を持たないにもかかわらず読者に積極的に訴えかけようとするものが多いが、光冨の詩はそれと正反対で、明確に意味を持つにもかかわらず読者に積極的に訴えかけようとしない。ある種の宗教は禁欲的であることにより大衆に媚びようとする。光冨の詩にはそのような媚がない。光冨の詩は禁欲を標榜する宗教よりも禁欲的であり、その絶対的な禁欲がとても美しい。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 04:54 | 現在の詩人たち

伊藤悠子『道を 小道を』(ふらんす堂)

接触への欲望、虚構による螺旋


 伊藤悠子の詩集「道を 小道を」(ふらんす堂)は静かに充実した石英のような親しさを感じさせる。多くの事象を切り取ってきているはずなのに、なぜか切り口が見えない。切り取られながらも事象は世界と連続していて、余白には、見えない文字で世界がびっしりと書き込まれている。

1.接触への欲望

いつしか
一匹の魚はただ骨となり
一枚の木の葉はただ葉脈となり
ふしぎなことに
骨と葉脈は一致しており
       (「木の葉と魚は」より)

舞踏の列の端の女の人
骸骨に導かれて
鏡を見たまま静止している
(中略)
石畳をのぼって行くとき
わたしのなかで骸骨がひとつ
のぼって行く
       (「ダンサ・マカブラ」より)

 一番目の引用部では、魚と骨が重なり合っている。しかも骨と葉脈はぴったりと重なってしまっている。この接触の快さや安心感、そして複雑なものと複雑なものが一致することの希少価値。そういったものが、移ろいやすい世界の中に、はかない堅固さ、火花状の永遠を生育させている。
 二番目の引用部では、壁に描かれた骸骨と「わたし」の骨とが重なり合い接触している。ここではむしろ完全な接触すなわち同化が実現しているのだ。骸骨と「わたし」の骨は、単に表面同士触れ合っているのではなく、内部をも含むすべての部分がそれぞれ互いに同じ空間を占め、触れ合っているのである。
 何物かと触れ合い、一致し、場合によっては同化する、そのような接触の快楽・安定を人間は欲する。伊藤の作品には、そのような接触への欲望が思いもかけず現れている。そして接触への欲望が詩行の内容を無意識的に導いている。伊藤は詩行において図らずも接触を実現させることで、接触への欲望を浄化しているのである。

あと四回この地の夕空を見たら
あと四回焼き付けたら
私は帰っていく
       (「ピニョーロ通りの八百屋」より)

 視覚の働きと視覚の対象との関係は、「接触」と呼ぶには弱すぎる。だが、見る者が記憶に焼き付けようと対象を凝視するとき、見る者と見られる対象は「接触」する。「接触」と呼べるだけの関係の強度があるからだ。見る者は、見られる対象と強い関係を結ぶとき、見られる対象と「接触」する。

夏のあいだ毎日公園の木陰のベンチに座っていた老いたひとは
きょう日なたのベンチに移りました。
       (「秋へ」より)

 特に隠されていないことを認識するのは「接触」と呼ぶには弱い。だが認識者が、容易に認識されないことを認識するとき、認識者と世界との距離が縮まる。そのような認識は、相対的に「接触」と呼ぶにふさわしい。
 伊藤は物理的な接触だけを求めるのではなく、視覚や認識を介した接触をもすることで、接触への欲望を満足させ、世界のぬくもりに心地よく浸っている。極言すればあらゆる認識は接触であり、ただ、接触の程度の違いがあるだけかもしれない。

2.虚構による螺旋

老人ホームのマイクロバスは
褪色した街の通りをなぞり
街角に立つ老人を拾っていく
(中略)
父が街角に立っている
ベレー帽を被って
母が街角に立っている
煙るような眼差しで
わたしが街角に立っている
遠い松風を聞きながら
       (「静かな晩の食事」より)

 伊藤の詩は日常や異国での心象や風景・人々をスケッチするものが多いが、虚構の豊かな領域へと自らを解放し、現実に対していくつもの平行面を広げるような作品も少なからずある。詩行が現実から虚構へ向かうとき、何かが螺旋状の移動をする。あるいは螺旋として作品の陰に定着する。
 引用部にあるように、父と母と「わたし」が皆老人で同じ老人ホームのバスに拾われていくということは通常ありえない。ここでは、本来異なる時点・地点にあるものが同じ時点・地点で共存するという虚構が作り出されているのだ。
 だから、「わたしが街角に立っている」に至った時点で、読者の認識は直進することをやめ、ねじれる、あるいは螺旋を描く。認識の切っ先は目指すべき定点を失い、螺旋を描きながらさまよい続け、いくつもの仮の定点を擦過する。また、読者の感情もまた、灰色の熱を得ると同時に、わずかに動揺し、認識の切っ先の運動に沿って螺旋を描く。
 さらに、虚構を生み出す作者の精神の運動も、螺旋を描く。現実の情景や心情・記憶に基づく記述から虚構の記述へと飛躍するとき、想像力が心の深みから虚構の世界片を汲み上げる努力をする。この汲み上げはまっすぐ垂直には実現せず、周辺領域を舐めながら螺旋を描く。

丘陵地帯ランゲに 風が吹いていく
ヒナゲシの赤が吹いていく
ハシバミの枝が吹いていく
       (「吹いていく」より)

 「吹く」という動詞の主語は基本的に気体か液体に限られ、例外的に「芽吹き」という表現があるくらいである。だから、「ヒナゲシの赤」が「吹く」というのはまず言語のレベルで論理的に不可能であるし、現実のレベルでも「ヒナゲシの赤」が流体化しない限り「吹く」ことは不可能である。それにもかかわらず「ヒナゲシの赤」が「吹く」と主張することは、流体でないものを流体化させるという意味で虚構である。「ヒナゲシの赤」は流体として、風とともに「吹いていく」のである。このようなメタファーもまた虚構であり、螺旋が伴う。ただ、螺旋の色合いが通常の虚構とは異なるように思える。

3.おわりに

 引き続き「接触」と「虚構」との関係について論じなければならないように思うのだが、紙幅が尽きてしまった。「道を 小道を」は、伊藤自身の「道」を行く足音が聞こえてくるような詩集である。伊藤の詩語を食するとき、それを支える器として、伊藤の「道」がある、足音がある。スプーンと食器のぶつかる音が快い。
[PR]
by sibunko | 2012-11-24 04:53 | 現在の詩人たち