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海埜今日子『セボネキコウ』(砂子屋書房)

海埜今日子詩集『セボネキコウ』について


 詩を読むときの読者と作品の関係は、典型的には「所有」である。詩行が読者においてよどみなく流れ、詩行の喚起するイメージや音楽が読者において滑らかに受容されるとき、その詩行が「難解」であろうが「平易」であろうが、読者はその詩行を所有する。詩のリズムや美感が読者においてスムーズに共有されるとき、作品と読者は適度な距離を持ち、その適度な距離において成立する関係が所有なのである。近すぎるものは所有できない。例えば自己は自己を所有できない。自己は自己「である」ほど自己に近い存在であり、そのような自己は自己を所有しているわけではない。反対に、遠すぎるものは所有できない。所有とは支配や処分可能性であって、そのような力の及ばないものを所有することもできないのである。作品は言語というコードを媒介にして、そのリズムやイメージを読者に対して近すぎも遠すぎもしないところでシンクロさせ、読者がその作品を所有するという関係を築いているのが通常である。そのような所有の関係において、詩行は平坦なフィールドで滑らかに流れていき、読者は作品をスムーズに鑑賞する。

くうふくをおさえて、ぎょうかんをでかけた。おとこにかかげず、そしゃくのすすんだかんたいをみつけようとしたのだろう、しょもつたち。きっかけがこきょうをとおざけることもあるのです。でんぶんはそらからふって、つもって、ひっぱりますか、ろうとのようにくちをあけ、あたしはとてもとりをまっていた、
       (「雁信」)

 だが、そのような「読者が作品を所有する」という安定した距離感が成立していない作品群として、海埜今日子『セボネキコウ』(砂子屋書房)を採り上げることにする。海埜の作品に特徴的なのは、まず本来なら漢字で表されるべきところをひらがなを用いて表している点である。読者はここでつまずきを感じるだろう。「そしゃくのすすんだかんたい」とあるが、「そしゃく」はたぶん「咀嚼」だろうな、「かんたい」は「艦隊」なのか「歓待」なのか、いずれかなのだろう、などと、ひらがなを音から意味へと変換する必要性が出てくるのである。言葉はそれ自身として、そもそも意味と不可分なものである。言葉が記号であるとして、記号と意味内容を分離するのは、言葉の素の受容の仕方ではない。言葉は響きと意味と「共に」、響きと意味「それ自体として」与えられるわけであり、そのように受容されるのである。
 ところが、海埜は、そのような言葉の滑らかな受容を妨げようとする。通常漢字表記されるような部分について、読者は当然漢字表記を予想するわけであり、その漢字表記において、その言葉の響きと意味は平坦なフィールドで滑らかに受容されるのである。そのとき、読者は詩行を所有しているといえるだろう。ところが、海埜は、ひらがな表記によって響きをより一層独立させ、意味に対して距離を作り、そこでは読者は詩行に対して「隔たり」を感じるのである。「でんぶんはそらからふって」と書かれてあるとき、「でんぶん」はその響きだけが妙に拡大され物質化されて、意味伝達の媒体となることを拒否しているかのようである。「伝聞」と書かれたときに比べて、その響きもどこかすぐにもぐりこんでこないものとして遠いものと感じられるし、その意味も漢字への変換を介しなければならないほど遠いものである。読者は海埜の詩行を所有することができない。所有するだけの扱いやすさがないし、所有するだけの近さがないからである。

祭りのきれたあきないだった
ひよこたちのほうりなげ
がらすのはこにしまおうか
まだみぬおんなにうめようか
       (「卵売りの恋」)

 海埜の詩の所有のむずかしさ、その隔たりについては、文法の次元でも同様のことが言える。「祭りのきれた」と書かれる場合、「きれた」が「切断」を表すとするならば、本来なら「祭りがきれた」と書かれるべきである。「きれた」が「不充足」を表すとしても、「あきない」において「祭り」が不充足であるというのは意味が通りづらい。ここでは、言葉の流れやリズムがスムーズに読者に渡されないし、意味もまたスムーズに渡されていない。読者は詩行を所有することができず、やはり隔たりを感じるだろう。
 だが、海埜の詩はそのように単純に隔たりを作り出すだけなのだろうか。逆に、読者に対して近すぎる接近も行ってはいないだろうか。例えば先に挙げた「そしゃくのすすんだかんたい」は、読者による適度な距離化をすりぬけることで、読者にそのありのままの姿で襲ってこないだろうか。読者はそのようなコードを外れた言葉に対して無防備である。適切な所有のすべを知らないのである。海埜の言葉はそのような無防備さを突いてきて、所有するよりももっと近いところへと読者に迫ってこないだろうか。それは、読者による言葉の所有に先立って、読者の内部へと、その同一性の中へとも突き刺さる「他なるもの」であり、読者はそれが自己の内側へと不意に襲ってくるのを感じるだろうし、その他なるものとの近距離での交響を強く感じるのではないだろうか。
 言葉は、響きと意味と流れとリズムがそれぞれ分離されずに融合してあるものであり、そのような融合のままに相手に手渡されるとき、そこでは相手が言葉を所有し、相手と言葉の間の平坦な対話が生じるのである。だが、海埜は、そのように本来なら融合してあるであろうところの響きや意味や流れやリズムを初めから分離して相手に手渡す。響きは響きとして際立ち、意味もその不明性により異物と化し、流れもまた順当にはいかず、リズムも不規則なものとなる。そのようにして海埜の作品と読者の間には滑らかな対話が生じず、一方で言葉は読者から遠く隔たり、他方で言葉はそれそのものとして読者の懐に突き刺さる。
 さて、ここでは何が起こっているのだろうか。ここではまず、作品と読者との関係性が膨らみを持ってくる。作品は読者の所有による平坦なフィールドの中でのみ展開するのではない。作品は読者の所有という距離感を外れて、限りなく遠く、同時に限りなく近いものとして、読者との間に大きな空間を作り出す。海埜の詩の生み出す響きや意味や流れやリズムは、そのような大きな空間の中で無限にこだまを繰り返していくのである。
 それと同時に、ここには詩を観賞すること自体への問題提起も含まれていないだろうか。詩とはそもそもよく分からないものであったはずだ。読者は初め詩に対して隔たりを感じながら接していたはずである。だが、詩を読むことになれるにつれ、読者はよく分からない詩であっても、そのリズムやイメージや流れをスムーズに楽しむことができるようになってくる。読者は詩の観賞になれてしまうのである。だが、海埜の作品は、そのように詩の観賞になれた、詩を所有するすべに長けた読者を再び、詩を読み始めたころの原点に回帰させるのである。そこでは詩は限りなく隔たっており、また不意に読者の内奥にまで迫ってくるものであったはずだ。海埜の詩は、それが安易に所有され、安易に鑑賞されることに対してささやかな抗いをすることにより、読者に詩を読むことのより初源的な興奮を味わわせることができる。
 そしてなにより、海埜の詩においては言葉が逆説的に生命を回復しているように思われる。言葉が生きている、といったとき、それは言葉が平坦なフィールドでスムーズに流れていることを意味することが多いかもしれない。確かに生命の通常な働きにおいて、生命は自動化しているのであり、何も違和がない状態において生命は通常の生を生きている。だが、海埜の詩においては、言葉が、その響きにおいても意味においても流れにおいてもリズムにおいても、それぞれが独立に目立ち始め、言葉がその自動的な流れをやめて、そのそれぞれのパーツのありのままの姿を再認識させようとして迫ってくる。言葉が自動化をやめる、つまり正常な働きを幾分停止することによって、その言葉のありようを可視化してくる。人間が日々の生活の合間、不意にその自動的な生を停止して「自分は生きている」と実感するときのように、言葉もまた、その自動的な流れをわずかに停止させるとき、逆にその生命を再確認するのではないだろうか。
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# by sibunko | 2013-09-01 14:45 | 現在の詩人たち

一方井亜稀『疾走光』(思潮社)

一方井亜稀詩集『疾走光』について


 一方井亜稀の詩集『疾走光』(思潮社)は、とても視覚的な作品群からなり、そこでは詩の主体の目に映る物事が淡々と描かれていき、またその物事と詩の主体の内面とが相互に影響しあっている。彼女の詩編は恐らく虚構を志向していない。むしろ、固有の自己の紡いでいく出来事の並列が彼女の詩編を構成しているのである。だがもちろん、彼女の詩編は全くのノンフィクションではない。外界の物事、自らの内面のありよう、それらをとらえるのには常に解釈が挟まるし、外界や内界の出来事のうちどれをピックアップして詩編の内へ描き込むかにあたって、彼女の微妙な価値判断が混じるからだ。

車道と歩道を分かつ段差はなく
延々とガードレールが
つづくみちを歩きながら
ガードレールには
傷があることに気付く これは
こすったあとなのか かなしい
事故のあとなのか
骨を折ったり
内臓が腐ったり
するのはいやだな このときは
まだ ひふ の在り方を
軽視していた
       (「ぬりかえられてゆく、途上で」)

 このように、目に映るものを端的に描写し、それによって触発された心情をこれまた端的に描いていく、というのが彼女の基本的な詩作法である。ところで、このような記述は、歴史記述と似ていないだろうか。世の中で起こる一回きりの出来事を端的に記述し、何をどのくらい記述するかは記述者の主観によって左右される。そして、出来事については記述者の主観的な解釈が混じる。このような意味で、一方井の詩と歴史記述は相似しているように思われる。
 もちろん、通常の歴史記述は社会の出来事について行われ、一方井の詩作品は彼女の個人的な出来事について行われる。その差異はあるだろう。だが、社会についての史的記述と同様に、個人についての史的記述も考えることは可能なわけであって、それは「個人史」とでも呼ばれるべきものである。
 歴史の根源には、世界の諸力の細かな発現がある。ふと風が立ったり、木の実が落ちたり、誰かの脳裏に記憶が蘇ったり、誰かが誰かに意思を伝えたり、そのような、個別で些細な力の発現が歴史の根源にはあり、それは世界の網羅的で間歇的な発光のネットワークである。そしてそのような微細な諸力の発現が、様々な偶然に触発されて、より大きなシステムを形成していく。世界は均質ではなく不均衡であり、それゆえにその不均衡に触発されて様々な運動が発生して、より上位の不均衡なシステムを作り上げていく。社会の構造や大きな社会的事件は、歴史の根源にある微細な諸力と基本的な構造に偶然が作用することによって創発されるのであり、そのようにして創発されたより大きな出来事はその根源に還元できない独自の在り方をしている。
 さて、一方井の詩編も、彼女の身辺の出来事や彼女の内面の出来事を言語的にまとめあげた一つのシステム、「物語」のシステムとして読むことが可能だ。物語とは事実の記述によって変化を説明するものであり、物語作者の織り成すテクストであり、世界の根源的な「存在のカオス」に一定の筋道を与えるものである。実際、引用部では、詩の主体は道を歩きながらガードレールの傷に気付き、そこから事故のもたらす結果を嫌がっているのである。「道を歩く」という物語の導入から、「ガードレールの傷に気付く」という物語の展開、そして、「事故の生々しさを厭う」という主体の変化・結末へと物語のテクストは編まれていくのである。この際、一方井を取り巻く微小な出来事はほかにも無数にあったはずだし、一方井の内面ももっと複雑だったろう。だが、一方井はそのような存在のカオスから物語的な秩序を創発させ、そこに彼女が表象可能な筋道を作り上げるのである。そしてその筋道は、内面と外面の不調和、つまり、安穏に道を歩いていたらふとガードレールの傷があったという、内面の安定性と外面の不安定性の不均衡により生じているのである。
 だとすると、一方井の詩編は一つ一つが彼女の自己に関する物語であり、その集積であるこの詩集もまた、彼女にとって重要な部分を占める物語的歴史ということになるだろうか。

無色透明の風が吹き
橋の袂の古本屋から
黄ばんだ紙の匂いが
薫って来ていた
それは
遠い人の
吐息のように漂って

先刻
中折れ帽をかぶった人が
この道を
通らなかったであろうか
       (「川端にて」)

 物語の体裁を整えた歴史というものは、「それが何であるか」を明らかにするものとして発されてきた。それは典型的には国家の歴史であり、その国家がどういうものであるかを明らかにし、その国家のまとまり・同一性を作り上げ、さらにはその国家の正当性・正統性を主張するものであった。同じように個人の歴史というものも、その個人が何者であるかを明らかにし、その個人の自我の確立に不可欠のものとなっている。だが一方井の詩がそのような公的な自我を説明するものではないことは明らかである。一方井の詩を読んでも、彼女の素性や経歴がわかるわけでもない。詩は、公的に外側から要求される物語の規範に従うのではなく、むしろ詩人自身の感性の様式を公的な場に開いていき、公的な物語の場にさざ波を立てていくものであろう。
 そして、物語としての歴史は、出来事をすべて、整った言語のテクストの中に織り込もうとするが、一方井の詩は、そのようなテクストの外部へともまなざしを向けていないだろうか。あるいは、一方井の詩は、それ自体がテクストであっても、テクストとして整わないことにより、その背後にある真の存在のカオスを指し示すものではないだろうか。
 引用部を見てみよう。初めの連と後の連の間には、因果的であったり法則的であったり時間的であったりする関係は弱い。後の連はそれまでの因果の流れや時間の流れを破るように突如出現するのであり、そこでは導入―展開―結末のような物語構造はとられていない。だが、そのような物語の枠組みから外れた詩行の展開こそ、一方井の詩作当時の感慨をよく表しているのである。つまり、心象が連続せず様々な想念が不意に湧いてくるという心理状態である。そして、後の連では、「中折れ帽をかぶった人」の通行についての瞬間的な錯覚を語っているわけであり、それは言語以前、さらには知覚以前のあいまいな領域へと読者を誘っていく。歴史とはそもそも、微細な事象が不均衡なまま運動し合い発光し合う存在のカオスに根差しているわけであり、その根源においては表象の困難なものである。一方井のこの錯覚の瞬間への導きは、そのような表象困難な歴史の根源へのまなざしだと受け止めることができる。だから、初めに読んだ詩行もまた読み返されなければならない。一方井の詩は確かに物語的な部分もあったわけだが、そのような物語的な部分でさえ、常に歴史の根源にある存在のカオスにより創発され、また存在のカオスへとまなざすものであるのだ。

魚の線はあらゆる線となり
あくまで目を合わせずに会釈する老人の背骨
またはブラウン管に映るあらゆる背骨の線
朝の食事の最中にも
テレビに見とれて袖を汚す間にも
白い陶器は魚の線であるあくまでも
遠くを見る眼は夏の陽を抉ろうとして
テレビの中から あるいは
水槽の中から眺める部屋もまた水槽である
遠くを見たがる両の目も
捲る本の文字も
手渡される
みんなみんな
白いページに丁寧に
並んでいた
光だった
       (「夏の光」)

 ここに至ると、もはや一方井は単に歴史を「記す」作業をしているだけではなく、積極的に歴史を「創る」作業をしているように思われる。詩を書くことは、公的かつ規範的に定められた物語のテクストを作ることではなく、自ら公的な場に問いを発していく個人史を書くことであった。だが、そのような上位システムとしての個人史は、それ自体を一つの下位システムとして、新たな上位システムが創発するために運動の場を設定することが可能である。引用部では「魚の線」が他の様々な線に重ねあわされていく。それは一方井のれっきとした個人史の一部である。だが、異質なもの同士が重ねあわされていくことによって生じる不均衡は、読み手のイメージに新たなる運動を巻き起こすだろうし、読み手の批評のフィールドに何らかの上位システムを作り出すだろう。すべてが「光だった」と断言するくだりにしても、それは一方井にしては純然たる事実であろうが、それ自体不均衡な存在のカオスの一コマとして、読者の中に新たなシステムを創発していくだろう。
 一方井の詩は、歴史記述に相似するが、物語として構成された歴史ではなく、飽くまで世界の根源にある存在のカオスから偶然的に創発されてできたテクストである。そのテクストは公的な物語規範に沿うことなく、むしろ公的な物語の場に問いを発していくタイプの個人史である。そして、彼女の詩は、表象困難なものや世界の根源へまなざすことを忘れず、さらにそれ自身が一つの下位システムとして読者におけるより上位のシステムを創発する歴史創造行為の産物である。
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# by sibunko | 2013-07-05 13:56 | 現在の詩人たち

山田亮太『ジャイアントフィールド』(思潮社)

山田亮太詩集『ジャイアントフィールド』について


 詩はなぜ「難しい」のだろうか。詩はなぜ「わからない」のだろうか。それは、「わかりやすい」文章が一義的であるのに対して、詩は多義的であるからだろう。解釈が一通りに容易に定まれば、何も難しいことはない。だが、そもそも解釈が思いつかないような場合や、解釈がいくらでもありどの解釈をとったらよいかわからないとき、人はその文章を「難しい」と形容する。そして、詩が単に多義的であるならばまだ救いはあるかもしれない。これだけ多様に解釈できるということは、好きな解釈を自由に選択していいということだ、と読者は開き直れるからである。だが、解釈が両義的であったらどうだろう。つまり、相反する二つの解釈が同時に成立し、しかもそれらの解釈に優劣がつけられないとき、詩はまったくもって「難しい」ものとなるであろう。両義性を両義性のまま受け入れること、矛盾や対立をそのまま受け入れること、結局「詩がわかる」ということは、そういうことでしかありえない。
 その問題について考えるにあたって、山田亮太の詩集『ジャイアントフィールド』(思潮社)を俎上に上げよう。この詩集は、断片的な記述からなり、「雪だるま」「兄弟」「ポチ」「双子」などユニークでユーモラスなキャラクターが多数登場し、それらがブラックユーモア的に増えたりおかしなことをしたり、そして詩の空間で次から次へとおかしなことが起こっていく、そういう詩集である。

ここから見えるもののすべてが知らない形をしている。
これは二〇〇一年の恐怖だ。まただ。
またウサギが降ってくる。死体。
街灯だけになった街を歩く。
人のいない場所に人がいる。それを誰かが見ている。
もう何年も誰も座っていない。
そのベンチの上で踊りつづけている人がいる。
歌を歌いつづけている人がいる。箱を運びつづけている人もいる。
もう二度と運ばれることがない。それを誰かが見ている。
       (「エコシステム」)

 山田の文体は非常に簡潔である。そこには複雑な文彩は出現しない。だから、山田の文章はある意味わかりやすい。ところが、それは文を単位とした分かり易さであって、文が積み重なっていくにつれ、読者はだんだん山田の描く「世界」が分からなくなってくる。山田は言語によってシャープなイメージを作り出している。その文体のシャープさによって、詩の輪郭をはっきりとさせている。ところがそこに現出する世界では、「また」「ウサギが降って」きたり、「人のいない場所に人が」いたり、「ベンチの上で踊りつづけている人」がいたりするのである。言語によって事物を簡潔に描き、言語の持つイメージの喚起作用をダイレクトに利用していることはわかるが、そこに描かれる「世界」は奇妙で謎に満ちている。山田の詩は、この世界と同じだけの連続性と稠密性を持った世界を生み出しているようには思えない。そこにあるのは、彼の一文が短いことからも示唆されるように断片的で、彼のもたらすイメージが奇異であることからわかるように不整合な、「世界」とも呼べない空間なのである。
 我々の現実は豊穣で連続的である。言語とは、その連続性をある意味破壊するものであり、だから我々はいつも「言葉にならない」物事の多さに悩まされるのである。言語とは、現実を区切り取り、抽象化し、他者との間で交換可能なものへと変換する装置に過ぎない。だが、だからといって言語芸術が一様に連続性を持たないと決めつけられるわけではない。言語芸術は、受容者においてその隙間が埋められることによって、再び連続性を獲得するのである。我々が小説を読んでいるとき、我々は自動的に、この言語の再連続化を行っているのである。
 ところが詩はそうではない。詩は受容者における再連続化を期待しない。受容者によって一義的に世界が再構成されるのを阻み、あくまで世界に対する抵抗体としての言語そのものに関心を当て、言語の生み出す別の可能性に期待を寄せるのである。つまり、一様で均質な世界を生み出すのではなく、いたるところで分裂し火花を来す、詩人の想像力をいかんなく発揮できる空間を生み出すのである。詩人の想像力が現実のくびきを離れ「踊りつづけ」るところに、現実とは別の新たな連続性を生み出すのである。それは、詩人の意識も無意識も詩人を取り巻く環境も、何もかも包み込む連続性であり、そこにおいて詩人は忘我の境地にいたれる。
 山田の詩は、言語によってシャープにイメージを区切り取り、また不整合な空間を生み出すことで、現実世界の連続性を破っている。その意味で不連続である。だが、自らの想像力の自在な奔出に身を任せ、そこに自らを惜しみなく費やしていくという意味で連続的である。さて、ここに彼の詩の両義性が見て取れるのではないだろうか。山田の詩は連続的であると同時に非連続的でもある。しかも、そのどちらのとらえ方も間違ってはいず、優劣がつけられない。

バス停から歩くこと五メートルの地点に雪だるまは立っていた。街灯は雪だるまを唯一無二の雪だるまであるかのように照らし出していた。雪だるまから歩くこと三十メートルの地点に雪だるまは立っていた。この町のこどもたちはまだ起きていた。悲しげに震える雪だるまの目はカーテンの隙間からこぼれる窓の光を見つめていた。雪だるまと雪だるまをやり過ごしたところに電話ボックスは立っていた。電話ボックスの中に雪だるまは立っていた。ぶら下がる受話器は雪だるまの声を待つものの存在を予感させた。
       (「雪だるま三兄弟」)

 ここでもう一つ山田の詩の両義性を明らかにしておこう。山田の詩に特徴的なことは、同じ言葉を執拗に繰り返すことである。もちろん、同じ言葉であっても、それぞれが違う対象を指示していたり、違う文脈におかれていたり、様々な差異が組み込まれていたりはする。それでも、やはり同じ言葉は同じ言葉なのだ。この同じ言葉の増殖に、何か不穏なものを感じないだろうか。ここでは、「雪だるま」という言葉が繰り返されている。それぞれの「雪だるま」の意味は当然違うだろう。しかし、「雪だるま」という衣装によって、それぞれの偏移は常に修正されているように思えないだろうか。つまり、詩の展開、世界の動的開示、それに逆らうように、「やっぱり雪だるまなのだ」という同定作業が延々と続いていかないだろうか。これは、シニフィアンとシニフィエを分離すれば済むという話ではない。シニフィアンは繰り返されるけれどシニフィエはその都度異なるなどという話をしているのではない。そうではなく、シニフィアンの繰り返しにより、シニフィエもまた揺り戻され、同一性への回帰にさらされているように思われる。つまり、「雪だるま」の執拗な繰り返しは、多様な雪だるまを生み出し、雪だるまを増殖させているかのようでありながら、他方ではその変えられない同一性を逐一確認してもいるのではないだろうか。つまり、「雪だるま」は増えているようで減っている。本来だったら「雪だるま」以外の言葉で指示されるはずだったものさえも、「雪だるま」と指称されることによりその存在が減らされているようにも思われる。山田の同じ言葉の繰り返しには、その対象を増殖させると同時に、対象の差異を殺して行っているという両義性がこもっているのである。
 本来、言葉というものは文化や秩序の側に属するものであって、多義性や両義性が生じるのは、文化や秩序に回収されていない周縁の領域、言葉にならない領域のはずであった。文化は社会に一義性を要求し、多義的なものを排除する。それこそ、詩が「わからない」「難しい」として排除されやすいように。だが同時に、文化はそのような多義的なものと接することにより活力を増すのであるし、文化自体も秘められた多義性を持っている。山田の詩は、連続的であると同時に非連続的、対象を増やすかのようで減らしている、そのような意味で両義的であった。しかし、この両義性は、何も言語の周縁に位置するものでもなく、詩人がその想像力を「ありのままに」発揮させれば自然と生じてくる両義性なのである。いわば言語はその内部から両義性を生み出すのであり、言語はそれ自身として両義的なものだといわなければならない。詩的言語に接するとき、我々は、それを言語の周縁、異常物として扱うのではなく、言語そのものが内在する言語の本質だとしてとらえねばならないだろう。そして、言語が両義的であるならば、それを両義的なままとして、決して安定したものではなく不断の批判と反省にさらされ、どちらの極にでも傾きうるものとしてとらえるのが正道ではないだろうか。
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# by sibunko | 2013-03-08 04:19 | 現在の詩人たち

谷川雁論

谷川雁論――自己愛と自由
                   

0.はじめに

 詩人が、詩を知らない友人に詩を紹介する。さて、よくありそうなこの風景の中では、いったい何が行われているのだろうか?
 まず、詩人は詩には価値があると考えているだろう。ではなぜ、詩には価値があるのだろうか? それにはさまざまな理由があるかもしれない。詩は人を感動させる、詩は人を共感させる、詩は物事の本質を見事にとらえてくる、などなど。だが、そういう詩の長所・美点というものは、誰にとっての長所・美点だろうか? 詩人は即座に、「あなたにとっての」と答えるかもしれない。だがそれは本当だろうか。それはまず、詩人自身にとっての長所であり美点であるのではないだろうか。つまりここにあるのは、友人と詩との間に、詩人と詩との間にあるような幸福な関係を作り出そうとする詩人の意図である。詩人はそのことによって、友人を「詩の長所が分かる人間」「詩を愛する人間」と規定しようとしている。ここにあるのは、詩人が友人を一方的に規定しようとする意図であり、詩人が友人を自己のまなざしのもとに支配しようとする意図である。
 さて、もう一度問うてみよう。なぜ、詩には価値があるのだろうか? この問いには、上述したような詩の長所によって答えられるかもしれない。だが、詩の価値は、詩の備えている水平的な諸属性にのみ由来するのではない。端的に、詩の価値は、詩と詩人の垂直的な関係に由来しないだろうか。それは、詩人の「価値ある自己」という自己規定に由来しないだろうか。価値ある自己の携わっていることなのだから、詩には当然に価値がある。
 つまり、詩人が、詩を知らない友人に詩を紹介するというありふれた風景の中には、(1)詩人が自己を価値あるものとして規定すること、(2)詩人が友人を詩を愛する者として規定しようとすること、この二つの規定の働きが含まれていないだろうか。
 さて、ここで当然ながら反論がなされるだろう。いやいや、私は自分をそんなに価値のある人間だなんて思っていない。私の価値なんてそもそも私の行為や他者の価値づけによって決定されるのであって、私自身が私を自己愛や神秘化によって価値づけているのではない。私の価値など絶えざる変転の相にあるわけであって、私が自己を祭壇の上に神秘化しその位置に安住しているわけではない。それに、私は一方的に友人のことを規定しようとしているのではない。私と友人はお互いに規定し合っている関係にあるわけで、互いの自由を承認し、もし相手が詩が気に入らなかったらそれも容認する、そういう気分で詩を勧めているのだ。そんな反論。これも正しいだろう。
 結局詩人というものは、自己や他者を規定し、自己や他者の自由を制限する姿勢で詩に臨むこともできるし、自己や他者を無規定にしたまま、自己や他者の自由を承認する姿勢で詩に臨むこともできる。本稿では、詩人の自己愛や自己神秘化というものがどれだけ行われ、あるいは行われていないか、について、谷川雁を例にとることによって論じようと思う。谷川雁は、自己愛や自己神秘化の傾向が強かったように見える一方で、自由や主体性を重んじたようにも見える詩人であるからだ。

1.谷川雁の自己規定・他者規定

1.1.「原点」

「段々降りてゆく」よりほかないのだ。飛躍は主観的には生れない。下部へ、下部へ、根へ、根へ、花咲かぬ処へ、暗黒の満ちる所へ、そこに万有の母がある。存在の原点がある。初発のエネルギイがある。
      (「原点が存在する」)

 ここで言われている「原点」とは、社会的な運動へと人を突き動かすもろもろのものだ。それは、個人的な次元では、情念や衝動、それらを組織する理性やイデオロギーや意志、それらがいまだ明確な形を取らないまま互いに浸透し合っている、その混沌を指すだろう。物理的な次元では、それは、何よりも民衆が生まれ育った土地、つまり、民衆がその起源の記憶から自己形成の記憶、社会化の記憶などを沈殿させ有機的に融合しているところのふるさとのことを指すだろう。社会的な次元では、それは、農村共同体、つまり、家族がいて愛しあう娘がいて、それらによって人を慰め安らがせる、そういう共同体のことを指すだろう。そして、「原点」とは「母」なのである。母とは人を産む人のことだ。人は母の胎内で母と一体となり、そこから「身分け」を行って母から生まれるが、常に母へのノスタルジー、つまり母と再び合一したいという欲求を維持し続ける。このように、「原点」とは、意識や身体や場所や他者が非主題的に、相互に浸透して混沌と合一化している位相のことを指している。
 一方で、ここで谷川は、その「母」というものを神秘化しようとしていないか。「神秘化」と一言で言ってもいくつかの意味があるだろう。最も厳密な意味では、「神秘化」とは、「母」を絶対化することである。そして、その母と自己の精神の内奥で合一することである。緩やかな意味では、「母」というものを、隠れたもの、深い探索でしか発見できないもの、共有の難しいもの、それでありながら万物を規定しているもの、そういうものとしてとらえることである。いずれにせよ、「母」を神秘化し、「母」をあらゆる行動の原点と据えることは、同時に「母」と合一化している自己の価値をも高めることを意味する。谷川は「原点」を称揚することで、同時にその原点に根ざしている自己の価値をも高めた、そう解することも可能だ。それは、谷川が自己を安定した高みに置きそれを維持することであった、そう解することも可能だ。

1.2.煽動

あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ
      (「東京へゆくな」)

 さて、この詩行を読んでみよう。ここには谷川の詩業が凝縮されているかのようだ。「あさ」や「がらす」などといった抒情的なイメージとともに、「東京」という社会的なイメージ、「ふるさと」という土俗的なイメージが使われている。これは谷川の詩の世界の振幅の大きさを示すと同時に、谷川の精神が大きな軌道を描いて様々な領域を遍歴していたことをも示している。

 私の夢想は平凡きわまるものだ。前衛と原点――このような対置が一度決まれば、論理と感性、意識と下意識、機械と大地、首都と故郷などの相互に対立する範疇の群は、ほぼ同じ比例関係のなかに生きているのだから、民衆の革命に対する不満をそのまま一つの部隊に編成しうるのではないかということだ。
      (「幻影の革命政府について」)

 「前衛と原点」というものはいくつもの対立項に変奏されながら、しかもそれらの対立項は、互いに触発し合い、別の次元へと発展したり、位置をひっくり返されたりする。谷川の詩の振幅は、彼のこのような強固な思想に基づいていた。対立項とそれをめぐるダイナミズムを、人的な次元、物理的な次元、文化的な次元、社会的な次元へと適用していくことで、詩の世界を拡張していく。谷川の詩の完成度の高さには、彼の思想の強固さが強く貢献している。引用部については、まずは「東京」と「ふるさと」の対立、次に「こわれやすいがらす」という抒情と「ゆくな」「創れ」という意志の対立、さらに「あさ」に対する感受能力と「東京へゆくな」という思想の対立、などがダイナミックに展開されている。
 そして、谷川は詩を書くときにはあくまで「詩」を書こうとしていたと思われる。つまり、政治的なアジテーションを前面に出すというよりは、詩としての、文学としての芸術的完成度を高めて、その芸術性に触れて高揚した人間の精神を巧妙に煽動する、という手法を取った。だから、「東京へゆくな」とだけ言うのではなく、「あさはこわれやすいがらすだから」という抒情的な表現が必要だったのだ。ところで、「あさ」が「がらす」であるとはメタファーであり、「あさ」が「がらす」だから「ゆくな」「創れ」というのは正常な論理ではない。谷川は、このような修辞で美しい謎を作り出し、それによって生み出される芸術的感興を読み手と共有することで、読み手を自分の意図したとおりに動かそうとするのだ。
 谷川にとって戦争とは死に赴くことであった。だから彼はせめて「自分の死を自家製の言葉で飾りたい」と思った。このように、詩を書く動機の点においても、彼の自己愛は見てとれる。また、彼は散文において自らを「自我狂」と称している。だから、彼が自分の作品の完成度を高めたかったのは、まずは自らを美しく飾ろうとする自己愛に由来するのである。「美学に貫かれた谷川雁」という自己規定が彼には必要だった。そして、彼が詩において単に作品的完成度を高めることだけを目指したのではなく、その詩作の陶酔のなかに他人をまで巻き込んで他人を煽動したのは、彼の「他者を規定したい」という欲望に由来するのではないだろうか。「私はふるさとを創りたい」という欲望から「お前もふるさとを創れ」という命令へと飛躍する、その飛躍の媒介となったのが、彼の自己拡張欲ではないだろうか。谷川は自己の思想を自分ただ一人だけがもっていることには飽き足らなかった。その思想でもって他人をも規定すること、他人にもその思想を抱かせること、さらには他人をもその思想に基づいて行動させること、そこまで谷川は望んだのではないだろうか。

2.サルトルの実存主義

 ところで、自己規定や他者規定を許さなかった思想家がいる。サルトルである。彼は、存在者を人間とその他の存在に分ける。人間は実存であり対自であり、その他のものは存在であり即自である。
 即自(en-soi)とは、無規定的にそれ自体であり、創造もされず、存在理由もなく、ただ余計にあるものだ。即自は神的なものではないし完全なものでもないし真理を体現しているわけでもない。
 対自(pour-soi)とは、存在について意識するものであり、意識と存在の間に裂け目(無)を介在させるものである。そして、対自(人間)は自己をも意識する。自己との間にも無を介入させるのだ。このようにすることで、対自は自己を超越し、自己をいまだあらぬところのものであるように変化させていく。だから、対自は、死ぬまで決してあるところのものであるような存在にはなれない。それゆえ、対自は無(néant)であり、世界内存在として、身体や状況によって支えられているにすぎない。ところで、対自が存在になれず実存するということは、自由であるということである。対自は自由でないことができない。対自は自らの行動を選択する。この際、対自は常に自由であり、存在理由などの確固とした拠り所を持たない。
 それゆえ対自は常に不安である。そこで対自は即自へなろうとする。「なるようにしかならない」と自己を決定論的に根拠づけたり、ボードレールのように自己を「呪われた人間」と規定したり。自己の不安を消して何者かになろうとするこの傾向は自己欺瞞である。自分が自由で不安な存在と分かっていながらそれを自ら隠そう・騙そうとするからである。
 対自は何らかの状況に直面している。この状況は誰も代わりに引き受けてくれはしない。だから、対自は、現にある状況から自己を解放し、目的に向かって新たな状況に自己を拘束する。この自己拘束(engagement)とは、自己をつくることで状況をつくり、状況をつくることで自己をつくることである。
 対自は状況において他者に出会うが、他者もまた自由な存在である。対自は、他者によって、何者であるか認められることによって、初めて何者かになるのである。自由な主体は無限に多数であり、他者はその無数のまなざしによって対自を主体性の無い即自存在にしてしまおうとする。他者に向き合うときの対自のことを対他というが、対他は、まなざしを向けるものになるか、まなざしを注がれるものになるか、その相克(conflit)という存在構造をなしている。この相克は、二つの態様をとる。まず、他者の自由の前に自らを差し出し、自らを対象たらしめながら、その他者の自由を自らのうちに吸収してしまう、という態度。典型的には愛である。もう一つは、対他がみずから他者にまなざしを向け、他者を所有するという態度である。この二つの態度を行ったり来たりしながら、対他は他者と絶えざる相克の相にある。
 この立場からすると、谷川が「原点」と合一し自らを神秘化したと解するなら、そのような態度は、自らを即物化し、自らを完全な存在と化すことであり、それは、自由を失い自由を隠蔽する自己欺瞞である、と批判できる。谷川が美しい詩を書いてそれによって自らを飾ろうとすることも、自らを高い存在として即物化する自己欺瞞ということになる。また、谷川が自らの思想に他人を巻き込んでいったのは、他者を自らのまなざしのもとに所有することであるが、それは他者のまなざしの逆襲によっていつでも覆されるし、その他者の逆襲を十分内面化せず自らを支配者として規定していた谷川には落ち度がある、という批判が可能であろう。つまり、谷川は自由でなかったし、他者の自由も承認しなかったのではないか、そういう批判が可能である。なぜなら、サルトルは、人間が自らを自由に決定していくことにヒューマニズムを見出したのであり、サルトルの立場からすると、自己の自由をも他者の自由をも閉塞させるような谷川のやり口はアンチ・ヒューマニズムということになるからである。

3.谷川雁のヒューマニズム

おれは大地の商人になろう
きのこを売ろう あくまでにがい茶を
色のひとつ足らぬ虹を

夕暮にむずがゆくなる草を
わびしいたてがみを ひずめの青を
蜘蛛の巣を そいつらみんなで

狂った麦を買おう
古びておおきな共和国をひとつ
それがおれの不幸の全部なら
      (「商人」)

 さて、では谷川は本当にサルトルの立場から批判されるような態度を持っていたのだろうか。ここで「大地」とは「原点」に通じるものであり、「きのこ」「茶」「虹」は大地すなわち原点から生じる様々な思想・煽動ということになりそうだ。だが、谷川はここであくまで「売る」という立場をとっている。つまり、相手と対等の立場に立ち、自らも何かを犠牲にしながら、つまり相手から「麦」「共和国」を買い取りながら、自らの思想を相手に買わせているのである。ここでは、谷川が他者を一方的に支配し規定するという関係は成立していない。むしろここにあるのはサルトルの言う相克であろう。お互いに無差別で対等に取引しながら互いに規定し合って、つまり「売買」をして、互いの利益を目指していこうという立場が見て取れる。谷川は「原点」をある程度神秘化したが、それは必ず共有されなければならなかった。その共有の仕方が、売買という相克、つまり平等な取引を介してなされるのだ。そう考えると、谷川がアンチ・ヒューマニストだったとは一概に言えない。

 多数決の原理を煮詰めていくと、民主集中性の原則にたどりつく。個人は組織に、少数は多数に、下級は上級に従うというあれはしかし、闘争の論理の客体化ではありえても、その主体化ではない。だから民主集中制が主体抜きに制度化されるとき、今日のごとき思想状況が必然にあらわれてこないわけにはいかない。
      (「民主集中制の対局を」)

 こうして谷川は多数決を否定する。やりたくない奴はやらないことが義務である。多数決とは、多数派が少数派を少数派の意に反して規定するということである。つまり、そこには多数派と少数派の相克がなく、少数派の自由や主体性は圧殺される。谷川は、あくまで個人の主体性・自由を尊重し、それを組織原理とした。そしてこれは「深い根源」からの組織原理であった。この点を見てみても、谷川が自己を神秘化しそれに他者を従わせるという安易な図式は成立していなかったことが分かる。個人の自由は「原点」に由来するような根源的なものであった。谷川はそれを最大限尊重した上で労働運動を展開していったのだ。

 私のなかにあった「瞬間の王」は死んだ。ある機能がそれだけで人間の最高の位であるという思想とたたかうことは、私の知ったはじめての階級闘争であった。(中略)自己の内なる敵としての詩を殺そうとする努力が、人々のいわゆる「詩」の形をとらざるをえないのは、苦がい当然であるとはいえ、私はそれを選んだのでもなければ望んだのでもなかった。眼のまえの蜘蛛の巣のように、それは単純な強制であった。
     (「国文社版『谷川雁詩集』あとがき」)

しかし、それはついに詩ではない。詩それ自身ではない。そこには一つの態度の放棄がある。つまり、この世界と数行のことばとが天秤にかけられてゆらゆらする可能性を前提にするわけにはいかなくなっているのである。
      (『鮎川信夫全詩集』への書評)

 谷川にとって詩とは世界とその重みを等しくするだけの「瞬間の王」であった。それは谷川にとっては所与であり強制であった。つまり、谷川は生まれながらにして「瞬間の王」に支配されると同時に、「瞬間の王」として世界を支配しようとする、そういう気質にあった。これは「原点」の思想とも似ていて、何らかの絶対者を措定し、というか、何らかの絶対者があらかじめあり、それに谷川が支配されると同時に、谷川はそれを他者と共有しようとする、そういう図式がある。だが、谷川は、そのような絶対者による支配という神秘的な態度に安住していたのではない。そのような神秘的な位相は「ゆらゆら」していたのだ。つまり、谷川自身、その神秘主義がいつ崩れるかわからない危ういものとして認識していた。それは谷川が無意識に他者のまなざしを感じていたからではないか。「世界」の側の、無数の他者が存在する側の、谷川を規定しようとする、その重みと、かろうじて釣り合っていたのが彼の詩作ではないのか。そして、谷川はついに世界の側に屈するのである。つまり、詩と世界を天秤にかけたとき、世界の方が重くなってしまった。そこで、詩=「瞬間の王」は死んだと宣言したのである。
 ところで、谷川においては、詩を殺したのはまさに詩そのものだった。彼の詩作の過程は、それゆえ、自らの身体を世界に投げ出すことによって、逆にその身体に他者のまなざしを無数に感じた、つまり、他者の視線を内在化していった、そういう過程ではなかったか。谷川は詩を伝達の手段として用いていたから、必ず受け手の存在というものが詩作の前提にあり、受け手の視線を自ら内在化することなしには詩を書くことができなかったのである。彼は詩を書くことで詩を殺し、王を殺し、自らを規定し即物化していた「詩人」というアイデンティティを殺した。彼はまさしく、詩人であるという彼のみに与えられていた状況と取り組み、それを超出し、新しい状況をつくったのではないか。つまり、彼は詩を殺すことで真の自由を手に入れた。それまで自己に詩作を強制していた王を殺し、未来へと自分を投げ出した。
 だから、谷川にとって詩というものは、自らを美化し自らを高い地点に安住させるものというよりはむしろ、その中に他者というものをどんどん含みこんでいき、他者のまなざし・自由を承認し、自らを規定していた「瞬間の王」を殺し自らを自由にする、そういうものであったと思われる。

4.おわりに

 サルトルの思想が絶対的に正しいとは思わない。彼の思想はむしろ理想的であり、現実には人間の即物化などいくらでも起こっている。人間は過去のしがらみからそう簡単に逃れることはできないし、完全に主体的になることも難しいし、未来を作り出すのも大変だ。だが、人間を、既成の価値や捏造された価値によって称揚するのではなく、人間が無意味で不当で不条理で偶然的である、まさにその点に自由を見出し、何らの超越的・神秘的な価値に依拠することなく、あるいは依拠しないがゆえに、人間に価値を見出すという態度は一つの説得力を持つし、何もないところから何かが作れるという思想は希望に満ちている。その思想と対置してみたとき、谷川は決して簡単に批判・非難されるような詩人であったのではなく、むしろサルトルの思想とも親和するような側面を多々持っていた。詩人というものはどうしても自己愛や自己神秘化に傾きがちであるが、谷川はそのような規定性によって安易にとらえられるほど安直な詩人ではなかった。谷川は自己の自由を獲得し、他者の自由も承認した。彼のカリスマ性は、彼が単純な自己愛者ではなく、他者のまなざしとも常に対決していたことにも由来するだろう。
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# by sibunko | 2012-12-04 01:55 | 現代詩人論

田村隆一論(下)

2.詩の信用性

 さて、意味論的フィクション、語用論的フィクション(言語行為論的、ごっこ遊び理論的)を検討すると見えてくるのは、ある語りがフィクションであるかどうかは、(1)語られた内容の真偽性、(2)語り方が真偽を問題とするか、(3)受け手が語りを二重化するか、という三つの要素を考慮しないと分からないということである。そして、語られた内容、語り方、受け止められ方、がそれぞれ異なることで、詩が信用できるかどうかも変わってくる。

2.1.フィクション/ノンフィクション

 (1)語られた内容が現実と対応しない、すなわち偽であるとき、それを意味論的フィクションと呼ぼう。逆に、語られた内容が現実に対応するとき、それを意味論的ノンフィクションと呼ぼう。(2)語り手の語り方が、語りの真偽を問題としない場合、それを言語行為的フィクションと呼ぼう。逆に、語り手の語りが、語りを真だと主張するとき、それを言語行為的ノンフィクションと呼ぼう。(3)語りの受け手が虚構的な語りを想像するとき、それをごっこ遊び的フィクションと呼ぼう。逆に、語りの受け手が語りをありのままに受け入れるとき、それをごっこ遊び的ノンフィクションと呼ぼう。そうすると、詩の語りにおいて、以下の八つのケースが想定される。

(1)意味論的ノンフィクション―言語行為的ノンフィクション―ごっこ遊び的ノンフィクション
 この場合、詩人は実感を実感として語り、それが実感として受け取られる。そこに何らフィクション的要素はなく、詩人が実感を率直に伝えたいという欲求は満たされ、読者も詩人を信用して騙されることがない。
(2)意味論的ノンフィクション―言語行為的ノンフィクション―ごっこ遊び的フィクション
 この場合、詩人は実感を実感として語るが、読者はそれを虚構として受け取る。いくら詩人が真実を率直に語ろうとしても、読者はもはや詩人を信用していない。詩において、詩人と虚構の語り手との分離が起きていないにもかかわらず、読者は分離していると信じているから、詩人は自分の実感が読者に届かないもどかしさを感じ、読者はせっかくの詩人の真実を読み取れない。
(3)意味論的ノンフィクション―言語行為的フィクション―ごっこ遊び的ノンフィクション
 この場合、詩人は実感を基にして語るが、その詩が真実を語っていることは別に信じられなくてもいいと諦めている。だが、読者はそれを真実として読むので、結局、詩人は自分の実感が実感として受け止められ、読者も詩人の真実を知ることができる。
(4)意味論的ノンフィクション―言語行為的フィクション―ごっこ遊び的フィクション
 この場合、詩人は実感を基にして語るが、その詩が真実を語っていることは別に信じられなくてもいいとあきらめていて、実際に読者は詩人の言葉を信用しない。詩人は自分の言葉が信じられなくてもいいと思っているから実際に信じられなくてもかまわないだろうが、読者はせっかくの真実を見逃すことになる。しかも、読者が語りをフィクションだとみなすきっかけとして詩人の語り方というのも重要なファクターだから、詩人はフィクション的な語り方をすることで読者にその語りをフィクションだと思わせ、結局せっかくの実感を伝えられないことになる。
(5)意味論的フィクション―言語行為的ノンフィクション―ごっこ遊び的ノンフィクション
 この場合、詩人は特に真実でもないことをあたかも真実であるかのように語り、それを読者も真実だと信じてしまう。この場合、まさに詩人は読者を騙そうとして騙しおおせているのである。読者は、自分が騙されたと気づいたとき、詩人を信用しなくなってしまうだろう。このケースが一番危険なのである。
(6)意味論的フィクション―言語行為的ノンフィクション―ごっこ遊び的フィクション
 この場合、詩人は虚偽を真実らしく語るが、読者はそれをあくまで虚構として受け止めている。読者はいくら語りが真実を偽装していようと虚偽を虚構として受け止めているので、読者の態度に間違いはない。
(7)意味論的フィクション―言語行為的フィクション―ごっこ遊び的ノンフィクション
 この場合、詩人は虚偽を特に真実でもないように語るが、読者は不注意にもそれを真実だと信じてしまう。この場合、虚構に気付かなかった読者に非があるわけで、特に詩人が読者を騙しているわけではない。
(8)意味論的フィクション―言語行為的フィクション―ごっこ遊び的フィクション
 この場合、詩人は虚偽を特に真実でもないように語り、読者もそれを虚構として受け止める。これが最も典型的で純粋なフィクションであろう。詩人と読者に詩がフィクションであるという共通了解が生じていて、それを前提に読者は詩を鑑賞していく。

2.2.田村の詩のフィクション性

 さて、では田村の詩はフィクションであるのかノンフィクションであるのか。両者の中間だとしたらそれはどのようなフィクション構造・ノンフィクション構造を備えているのか。
 まず、一つの詩を全体としてフィクション/ノンフィクションと決定することはできないということに注意しなければならない。一つの詩は部分的にフィクションでありえたり部分的にノンフィクションでありえたりする。

「怪物の言ふこと」は
ナチス・ドイツの総統ヒットラーでもいいし
(中略)
ところで作者の中桐さんはその頃同人誌に
「Fへの手紙」というエッセイも書いている。
いま ぼくの手許にないのでそれを引用できないのがとても残念だが
美しいエッセイ、というよりもラブレターだったことを憶えている。
       (「Fへの手紙」)

この引用部の前半は、田村独特の軽快な語りで、真偽などどうでもいいといった思想なのである。つまり語用論的にはフィクションとノンフィクションの中間のようなものだ。一方で、後半はこれまた田村独特の思い出語りであり、この思い出語りは「俺は垂直的人間」と豪語した田村が実は水平的だったことを実証しているようなものである。その論点には深入りしないが、結局この部分は年寄りが自分の惰性に従って気楽にありのままを語っている、そういう語りであり、ことさら気張って想像力たくましく思い出を偽装しようとする語りではない。つまり後半は全くのノンフィクションなのである。つまり、一篇の詩の中でもフィクションとノンフィクションが混合していて、その詩全体についてフィクション/ノンフィクションを単純に決定することはできない。
 さらに、2.1.で見たとおり、フィクションの構造というものは三層構造をなしており、ある一つの詩行についても、それを単純にフィクション/ノンフィクションという一次元の二項対立では語れない。ある一つの詩行について語れるのは、それが、意味論的にはフィクションであり、語用論的にはノンフィクションであり、ごっこ遊び的にはフィクションである、などという三次元的なフィクション認識であり、一次元の二項対立で把握することはできない。

詩を書く人は
いつも宙に浮いている
どこにいったいそんな浮力があるのか
だれにも分らない
       (「詩を書く人は」)

フィクション性は部分においてしかはかれないので、田村の詩の中で特徴的であり、かつもっともフィクションとノンフィクションのせめぎ合いが激しいであろう、彼が詩人についての思想を語っている詩行を採り上げる。
 詩人が詩人について語るのだから、それは内容的に正しく、かつ正しいものとして語られ、受け手も正しいものとして受け取らなければならないようにも思える。詩人は詩人のことを最も良く知る者であるから。そして、詩人は詩人についてその真実を最も語りたがる者であるから。
 さて、詩を書く人が宙に浮いているというのは隠喩であるが、ここで隠喩をめぐる議論には深入りしない。本稿では、隠喩というものは、類似性を介して、真偽を持つ通常の文に書き換えることが可能であるが、その書き換えの可能性は複数ある、という立場をとることにする。どれが正しい書き換えであるか、日常的な隠喩の場合は決定されることがあるが、詩における隠喩ではむしろ正しい書き換えなど存在せず、複数の書き変え方がそれぞれに可能なものとしての地位を付与されると解する。「宙に浮いている」という詩行は、「現実から遊離している」「軽快さを保っている」「通常人には達せない境地にいる」など複数の詩行に書き換え可能であるが、どれが正しい書き換え方であるかは決定されない。
 とすると、引用部は意味論的にはどのようなフィクション性を備えるだろうか。まず、「宙に浮いている」ことが真か偽かを考えたとき、それの書き換えの真偽を考えなければならない。ところで、書き換え方は多数あるのだから、そのすべての書き換えにおいてその書き換えが真であるとは考えられない。詩人が現実から遊離しているのは真かもしれないが、詩人が軽快さを保っているというのは偽かもしれない。とすると、引用部の真偽は決定不能ということになる。つまり、引用部の真偽は意味論的にフィクションでもノンフィクションでもない。
 次に、引用部は言語行為的にはどのようなフィクション性を備えるか。1.2.で見たとおり、田村は飄々と無責任に断定を繰り返す男だから、田村の発語内行為は、真実を主張する意図を中途半端に持ちつつも、修辞や自分の無責任さのためには多少虚構が混じってもかまわないという態度を併せ持ちながらなされる言語行為だと見るのが正しいであろう。特に、引用部は隠喩で意味が不明確にされている。詩人が詩人について語るのだから、あくまで正しいものとして語りそうだが、そこに修辞が入り込むことによって、田村自身もそれが相手に正確に伝わることをあきらめているのだと思える。田村はおそらくここで、序論に述べたような葛藤をしている。自分の実感をありのまま伝えたいという気持ちがある一方で、ありのままに伝えるためには逆に修辞が必要になり、そういう理由で修辞を使ってしまったら意味の不明確な詩行になってしまった、だが意味が不明確でも詩としてかっこ良ければそれでいいだろう、そういう葛藤である。つまり、引用部は言語行為的にもフィクションでもノンフィクションでもないのである。
 最後に、引用部はごっこ遊び的にはどのようなフィクション性を備えるか。1.3.で見たのと同様、引用部は修辞によって意味が不明確にされており、現実には誰によっても語りえない語りがなされているように思える。だが、適切に書き換える、つまり適切に解釈することにより、再び田村自身の言葉としてのノンフィクション性を備えることも可能だ。読者は、一方で、引用部は意味が不明確だからそれは非現実的な語り手による虚構の語りに過ぎないと思わされるが、他方でそれを自分なりに解釈して、例えば田村はここで詩人は現実から遊離しているとノンフィクション的に主張しているのだ、と落ち着くことも可能である。つまり、引用部はごっこ遊び的にもフィクションでもノンフィクションでもないのである。
 以上から言えることは、田村の詩は、2.1.で挙げた八つの類型のうち、どの類型にも典型的には該当しないということだ。田村の詩は、意味論的次元でも、言語行為的次元でも、ごっこ遊び的次元でも、フィクション性とノンフィクション性を併せ持ち、むしろフィクションともノンフィクションとも決定されないところにその特色がある。

3.結論

 さて、では、田村の詩は、詩の信用性を失墜させているだろうか。答えはイエスでもノーでもない。田村の詩は2.1.で挙げたどの類型にも典型的に属さないが、逆に言えば、どの類型にでもなりうるのである。だから、真実でもないことを真実であるかのように語りそれを読者が真実だと信じてしまう、という詩の信用性を失墜させるような事態も生じうるし、真実であることを真実であるかのように語りそれを読者も真実だと信じるという、まさに語りたいことが読者にそのまま伝わるという理想的なコミュニケーションも生じうる。だから、田村の詩は詩の信用性を失墜させているとも失墜させていないとも言えない。
 そもそも、詩の信用性を重視する態度に問題はなかったか。つまり、その態度というものは、ノンフィクション/フィクションという二項対立を設定し、ノンフィクションがフィクションに優先するという階層を導入した、階層的二項対立の現れであるが、そもそもそんな階層的二項対立は維持不可能なのではないか。この階層的二項対立は、詩というものを、詩人の真実の表白と見て、それこそに価値があるという価値観に基づくものだ。だが、詩にはもう一つの側面がある。それは、語り手がフィクションをフィクションとして語り、それを受け手もフィクションとして受け止めることにより、語り手と受け手の間で詩がフィクションであることの了解が成立したことを前提にする。そして、そのフィクションを、想像の産物、修辞の産物として、虚構的だが豊かで価値のある作品として創造し享受する、という側面である。こちらの立場からすれば、むしろフィクションの方がノンフィクションよりも優先する。
 詩の信用性は失墜したとも失墜していないとも言えない。そして、そもそも詩の信用性を盲信することには問題がある。詩にはノンフィクションとしての価値もある一方でフィクションとしての価値もあり、フィクション/ノンフィクションという二項対立が決定不可能であるところにその本質がある。田村の詩は、まさにそのことを例証してくれた。
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# by sibunko | 2012-12-04 01:53 | 現代詩人論