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谷川雁論

谷川雁論――自己愛と自由
                   

0.はじめに

 詩人が、詩を知らない友人に詩を紹介する。さて、よくありそうなこの風景の中では、いったい何が行われているのだろうか?
 まず、詩人は詩には価値があると考えているだろう。ではなぜ、詩には価値があるのだろうか? それにはさまざまな理由があるかもしれない。詩は人を感動させる、詩は人を共感させる、詩は物事の本質を見事にとらえてくる、などなど。だが、そういう詩の長所・美点というものは、誰にとっての長所・美点だろうか? 詩人は即座に、「あなたにとっての」と答えるかもしれない。だがそれは本当だろうか。それはまず、詩人自身にとっての長所であり美点であるのではないだろうか。つまりここにあるのは、友人と詩との間に、詩人と詩との間にあるような幸福な関係を作り出そうとする詩人の意図である。詩人はそのことによって、友人を「詩の長所が分かる人間」「詩を愛する人間」と規定しようとしている。ここにあるのは、詩人が友人を一方的に規定しようとする意図であり、詩人が友人を自己のまなざしのもとに支配しようとする意図である。
 さて、もう一度問うてみよう。なぜ、詩には価値があるのだろうか? この問いには、上述したような詩の長所によって答えられるかもしれない。だが、詩の価値は、詩の備えている水平的な諸属性にのみ由来するのではない。端的に、詩の価値は、詩と詩人の垂直的な関係に由来しないだろうか。それは、詩人の「価値ある自己」という自己規定に由来しないだろうか。価値ある自己の携わっていることなのだから、詩には当然に価値がある。
 つまり、詩人が、詩を知らない友人に詩を紹介するというありふれた風景の中には、(1)詩人が自己を価値あるものとして規定すること、(2)詩人が友人を詩を愛する者として規定しようとすること、この二つの規定の働きが含まれていないだろうか。
 さて、ここで当然ながら反論がなされるだろう。いやいや、私は自分をそんなに価値のある人間だなんて思っていない。私の価値なんてそもそも私の行為や他者の価値づけによって決定されるのであって、私自身が私を自己愛や神秘化によって価値づけているのではない。私の価値など絶えざる変転の相にあるわけであって、私が自己を祭壇の上に神秘化しその位置に安住しているわけではない。それに、私は一方的に友人のことを規定しようとしているのではない。私と友人はお互いに規定し合っている関係にあるわけで、互いの自由を承認し、もし相手が詩が気に入らなかったらそれも容認する、そういう気分で詩を勧めているのだ。そんな反論。これも正しいだろう。
 結局詩人というものは、自己や他者を規定し、自己や他者の自由を制限する姿勢で詩に臨むこともできるし、自己や他者を無規定にしたまま、自己や他者の自由を承認する姿勢で詩に臨むこともできる。本稿では、詩人の自己愛や自己神秘化というものがどれだけ行われ、あるいは行われていないか、について、谷川雁を例にとることによって論じようと思う。谷川雁は、自己愛や自己神秘化の傾向が強かったように見える一方で、自由や主体性を重んじたようにも見える詩人であるからだ。

1.谷川雁の自己規定・他者規定

1.1.「原点」

「段々降りてゆく」よりほかないのだ。飛躍は主観的には生れない。下部へ、下部へ、根へ、根へ、花咲かぬ処へ、暗黒の満ちる所へ、そこに万有の母がある。存在の原点がある。初発のエネルギイがある。
      (「原点が存在する」)

 ここで言われている「原点」とは、社会的な運動へと人を突き動かすもろもろのものだ。それは、個人的な次元では、情念や衝動、それらを組織する理性やイデオロギーや意志、それらがいまだ明確な形を取らないまま互いに浸透し合っている、その混沌を指すだろう。物理的な次元では、それは、何よりも民衆が生まれ育った土地、つまり、民衆がその起源の記憶から自己形成の記憶、社会化の記憶などを沈殿させ有機的に融合しているところのふるさとのことを指すだろう。社会的な次元では、それは、農村共同体、つまり、家族がいて愛しあう娘がいて、それらによって人を慰め安らがせる、そういう共同体のことを指すだろう。そして、「原点」とは「母」なのである。母とは人を産む人のことだ。人は母の胎内で母と一体となり、そこから「身分け」を行って母から生まれるが、常に母へのノスタルジー、つまり母と再び合一したいという欲求を維持し続ける。このように、「原点」とは、意識や身体や場所や他者が非主題的に、相互に浸透して混沌と合一化している位相のことを指している。
 一方で、ここで谷川は、その「母」というものを神秘化しようとしていないか。「神秘化」と一言で言ってもいくつかの意味があるだろう。最も厳密な意味では、「神秘化」とは、「母」を絶対化することである。そして、その母と自己の精神の内奥で合一することである。緩やかな意味では、「母」というものを、隠れたもの、深い探索でしか発見できないもの、共有の難しいもの、それでありながら万物を規定しているもの、そういうものとしてとらえることである。いずれにせよ、「母」を神秘化し、「母」をあらゆる行動の原点と据えることは、同時に「母」と合一化している自己の価値をも高めることを意味する。谷川は「原点」を称揚することで、同時にその原点に根ざしている自己の価値をも高めた、そう解することも可能だ。それは、谷川が自己を安定した高みに置きそれを維持することであった、そう解することも可能だ。

1.2.煽動

あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ
      (「東京へゆくな」)

 さて、この詩行を読んでみよう。ここには谷川の詩業が凝縮されているかのようだ。「あさ」や「がらす」などといった抒情的なイメージとともに、「東京」という社会的なイメージ、「ふるさと」という土俗的なイメージが使われている。これは谷川の詩の世界の振幅の大きさを示すと同時に、谷川の精神が大きな軌道を描いて様々な領域を遍歴していたことをも示している。

 私の夢想は平凡きわまるものだ。前衛と原点――このような対置が一度決まれば、論理と感性、意識と下意識、機械と大地、首都と故郷などの相互に対立する範疇の群は、ほぼ同じ比例関係のなかに生きているのだから、民衆の革命に対する不満をそのまま一つの部隊に編成しうるのではないかということだ。
      (「幻影の革命政府について」)

 「前衛と原点」というものはいくつもの対立項に変奏されながら、しかもそれらの対立項は、互いに触発し合い、別の次元へと発展したり、位置をひっくり返されたりする。谷川の詩の振幅は、彼のこのような強固な思想に基づいていた。対立項とそれをめぐるダイナミズムを、人的な次元、物理的な次元、文化的な次元、社会的な次元へと適用していくことで、詩の世界を拡張していく。谷川の詩の完成度の高さには、彼の思想の強固さが強く貢献している。引用部については、まずは「東京」と「ふるさと」の対立、次に「こわれやすいがらす」という抒情と「ゆくな」「創れ」という意志の対立、さらに「あさ」に対する感受能力と「東京へゆくな」という思想の対立、などがダイナミックに展開されている。
 そして、谷川は詩を書くときにはあくまで「詩」を書こうとしていたと思われる。つまり、政治的なアジテーションを前面に出すというよりは、詩としての、文学としての芸術的完成度を高めて、その芸術性に触れて高揚した人間の精神を巧妙に煽動する、という手法を取った。だから、「東京へゆくな」とだけ言うのではなく、「あさはこわれやすいがらすだから」という抒情的な表現が必要だったのだ。ところで、「あさ」が「がらす」であるとはメタファーであり、「あさ」が「がらす」だから「ゆくな」「創れ」というのは正常な論理ではない。谷川は、このような修辞で美しい謎を作り出し、それによって生み出される芸術的感興を読み手と共有することで、読み手を自分の意図したとおりに動かそうとするのだ。
 谷川にとって戦争とは死に赴くことであった。だから彼はせめて「自分の死を自家製の言葉で飾りたい」と思った。このように、詩を書く動機の点においても、彼の自己愛は見てとれる。また、彼は散文において自らを「自我狂」と称している。だから、彼が自分の作品の完成度を高めたかったのは、まずは自らを美しく飾ろうとする自己愛に由来するのである。「美学に貫かれた谷川雁」という自己規定が彼には必要だった。そして、彼が詩において単に作品的完成度を高めることだけを目指したのではなく、その詩作の陶酔のなかに他人をまで巻き込んで他人を煽動したのは、彼の「他者を規定したい」という欲望に由来するのではないだろうか。「私はふるさとを創りたい」という欲望から「お前もふるさとを創れ」という命令へと飛躍する、その飛躍の媒介となったのが、彼の自己拡張欲ではないだろうか。谷川は自己の思想を自分ただ一人だけがもっていることには飽き足らなかった。その思想でもって他人をも規定すること、他人にもその思想を抱かせること、さらには他人をもその思想に基づいて行動させること、そこまで谷川は望んだのではないだろうか。

2.サルトルの実存主義

 ところで、自己規定や他者規定を許さなかった思想家がいる。サルトルである。彼は、存在者を人間とその他の存在に分ける。人間は実存であり対自であり、その他のものは存在であり即自である。
 即自(en-soi)とは、無規定的にそれ自体であり、創造もされず、存在理由もなく、ただ余計にあるものだ。即自は神的なものではないし完全なものでもないし真理を体現しているわけでもない。
 対自(pour-soi)とは、存在について意識するものであり、意識と存在の間に裂け目(無)を介在させるものである。そして、対自(人間)は自己をも意識する。自己との間にも無を介入させるのだ。このようにすることで、対自は自己を超越し、自己をいまだあらぬところのものであるように変化させていく。だから、対自は、死ぬまで決してあるところのものであるような存在にはなれない。それゆえ、対自は無(néant)であり、世界内存在として、身体や状況によって支えられているにすぎない。ところで、対自が存在になれず実存するということは、自由であるということである。対自は自由でないことができない。対自は自らの行動を選択する。この際、対自は常に自由であり、存在理由などの確固とした拠り所を持たない。
 それゆえ対自は常に不安である。そこで対自は即自へなろうとする。「なるようにしかならない」と自己を決定論的に根拠づけたり、ボードレールのように自己を「呪われた人間」と規定したり。自己の不安を消して何者かになろうとするこの傾向は自己欺瞞である。自分が自由で不安な存在と分かっていながらそれを自ら隠そう・騙そうとするからである。
 対自は何らかの状況に直面している。この状況は誰も代わりに引き受けてくれはしない。だから、対自は、現にある状況から自己を解放し、目的に向かって新たな状況に自己を拘束する。この自己拘束(engagement)とは、自己をつくることで状況をつくり、状況をつくることで自己をつくることである。
 対自は状況において他者に出会うが、他者もまた自由な存在である。対自は、他者によって、何者であるか認められることによって、初めて何者かになるのである。自由な主体は無限に多数であり、他者はその無数のまなざしによって対自を主体性の無い即自存在にしてしまおうとする。他者に向き合うときの対自のことを対他というが、対他は、まなざしを向けるものになるか、まなざしを注がれるものになるか、その相克(conflit)という存在構造をなしている。この相克は、二つの態様をとる。まず、他者の自由の前に自らを差し出し、自らを対象たらしめながら、その他者の自由を自らのうちに吸収してしまう、という態度。典型的には愛である。もう一つは、対他がみずから他者にまなざしを向け、他者を所有するという態度である。この二つの態度を行ったり来たりしながら、対他は他者と絶えざる相克の相にある。
 この立場からすると、谷川が「原点」と合一し自らを神秘化したと解するなら、そのような態度は、自らを即物化し、自らを完全な存在と化すことであり、それは、自由を失い自由を隠蔽する自己欺瞞である、と批判できる。谷川が美しい詩を書いてそれによって自らを飾ろうとすることも、自らを高い存在として即物化する自己欺瞞ということになる。また、谷川が自らの思想に他人を巻き込んでいったのは、他者を自らのまなざしのもとに所有することであるが、それは他者のまなざしの逆襲によっていつでも覆されるし、その他者の逆襲を十分内面化せず自らを支配者として規定していた谷川には落ち度がある、という批判が可能であろう。つまり、谷川は自由でなかったし、他者の自由も承認しなかったのではないか、そういう批判が可能である。なぜなら、サルトルは、人間が自らを自由に決定していくことにヒューマニズムを見出したのであり、サルトルの立場からすると、自己の自由をも他者の自由をも閉塞させるような谷川のやり口はアンチ・ヒューマニズムということになるからである。

3.谷川雁のヒューマニズム

おれは大地の商人になろう
きのこを売ろう あくまでにがい茶を
色のひとつ足らぬ虹を

夕暮にむずがゆくなる草を
わびしいたてがみを ひずめの青を
蜘蛛の巣を そいつらみんなで

狂った麦を買おう
古びておおきな共和国をひとつ
それがおれの不幸の全部なら
      (「商人」)

 さて、では谷川は本当にサルトルの立場から批判されるような態度を持っていたのだろうか。ここで「大地」とは「原点」に通じるものであり、「きのこ」「茶」「虹」は大地すなわち原点から生じる様々な思想・煽動ということになりそうだ。だが、谷川はここであくまで「売る」という立場をとっている。つまり、相手と対等の立場に立ち、自らも何かを犠牲にしながら、つまり相手から「麦」「共和国」を買い取りながら、自らの思想を相手に買わせているのである。ここでは、谷川が他者を一方的に支配し規定するという関係は成立していない。むしろここにあるのはサルトルの言う相克であろう。お互いに無差別で対等に取引しながら互いに規定し合って、つまり「売買」をして、互いの利益を目指していこうという立場が見て取れる。谷川は「原点」をある程度神秘化したが、それは必ず共有されなければならなかった。その共有の仕方が、売買という相克、つまり平等な取引を介してなされるのだ。そう考えると、谷川がアンチ・ヒューマニストだったとは一概に言えない。

 多数決の原理を煮詰めていくと、民主集中性の原則にたどりつく。個人は組織に、少数は多数に、下級は上級に従うというあれはしかし、闘争の論理の客体化ではありえても、その主体化ではない。だから民主集中制が主体抜きに制度化されるとき、今日のごとき思想状況が必然にあらわれてこないわけにはいかない。
      (「民主集中制の対局を」)

 こうして谷川は多数決を否定する。やりたくない奴はやらないことが義務である。多数決とは、多数派が少数派を少数派の意に反して規定するということである。つまり、そこには多数派と少数派の相克がなく、少数派の自由や主体性は圧殺される。谷川は、あくまで個人の主体性・自由を尊重し、それを組織原理とした。そしてこれは「深い根源」からの組織原理であった。この点を見てみても、谷川が自己を神秘化しそれに他者を従わせるという安易な図式は成立していなかったことが分かる。個人の自由は「原点」に由来するような根源的なものであった。谷川はそれを最大限尊重した上で労働運動を展開していったのだ。

 私のなかにあった「瞬間の王」は死んだ。ある機能がそれだけで人間の最高の位であるという思想とたたかうことは、私の知ったはじめての階級闘争であった。(中略)自己の内なる敵としての詩を殺そうとする努力が、人々のいわゆる「詩」の形をとらざるをえないのは、苦がい当然であるとはいえ、私はそれを選んだのでもなければ望んだのでもなかった。眼のまえの蜘蛛の巣のように、それは単純な強制であった。
     (「国文社版『谷川雁詩集』あとがき」)

しかし、それはついに詩ではない。詩それ自身ではない。そこには一つの態度の放棄がある。つまり、この世界と数行のことばとが天秤にかけられてゆらゆらする可能性を前提にするわけにはいかなくなっているのである。
      (『鮎川信夫全詩集』への書評)

 谷川にとって詩とは世界とその重みを等しくするだけの「瞬間の王」であった。それは谷川にとっては所与であり強制であった。つまり、谷川は生まれながらにして「瞬間の王」に支配されると同時に、「瞬間の王」として世界を支配しようとする、そういう気質にあった。これは「原点」の思想とも似ていて、何らかの絶対者を措定し、というか、何らかの絶対者があらかじめあり、それに谷川が支配されると同時に、谷川はそれを他者と共有しようとする、そういう図式がある。だが、谷川は、そのような絶対者による支配という神秘的な態度に安住していたのではない。そのような神秘的な位相は「ゆらゆら」していたのだ。つまり、谷川自身、その神秘主義がいつ崩れるかわからない危ういものとして認識していた。それは谷川が無意識に他者のまなざしを感じていたからではないか。「世界」の側の、無数の他者が存在する側の、谷川を規定しようとする、その重みと、かろうじて釣り合っていたのが彼の詩作ではないのか。そして、谷川はついに世界の側に屈するのである。つまり、詩と世界を天秤にかけたとき、世界の方が重くなってしまった。そこで、詩=「瞬間の王」は死んだと宣言したのである。
 ところで、谷川においては、詩を殺したのはまさに詩そのものだった。彼の詩作の過程は、それゆえ、自らの身体を世界に投げ出すことによって、逆にその身体に他者のまなざしを無数に感じた、つまり、他者の視線を内在化していった、そういう過程ではなかったか。谷川は詩を伝達の手段として用いていたから、必ず受け手の存在というものが詩作の前提にあり、受け手の視線を自ら内在化することなしには詩を書くことができなかったのである。彼は詩を書くことで詩を殺し、王を殺し、自らを規定し即物化していた「詩人」というアイデンティティを殺した。彼はまさしく、詩人であるという彼のみに与えられていた状況と取り組み、それを超出し、新しい状況をつくったのではないか。つまり、彼は詩を殺すことで真の自由を手に入れた。それまで自己に詩作を強制していた王を殺し、未来へと自分を投げ出した。
 だから、谷川にとって詩というものは、自らを美化し自らを高い地点に安住させるものというよりはむしろ、その中に他者というものをどんどん含みこんでいき、他者のまなざし・自由を承認し、自らを規定していた「瞬間の王」を殺し自らを自由にする、そういうものであったと思われる。

4.おわりに

 サルトルの思想が絶対的に正しいとは思わない。彼の思想はむしろ理想的であり、現実には人間の即物化などいくらでも起こっている。人間は過去のしがらみからそう簡単に逃れることはできないし、完全に主体的になることも難しいし、未来を作り出すのも大変だ。だが、人間を、既成の価値や捏造された価値によって称揚するのではなく、人間が無意味で不当で不条理で偶然的である、まさにその点に自由を見出し、何らの超越的・神秘的な価値に依拠することなく、あるいは依拠しないがゆえに、人間に価値を見出すという態度は一つの説得力を持つし、何もないところから何かが作れるという思想は希望に満ちている。その思想と対置してみたとき、谷川は決して簡単に批判・非難されるような詩人であったのではなく、むしろサルトルの思想とも親和するような側面を多々持っていた。詩人というものはどうしても自己愛や自己神秘化に傾きがちであるが、谷川はそのような規定性によって安易にとらえられるほど安直な詩人ではなかった。谷川は自己の自由を獲得し、他者の自由も承認した。彼のカリスマ性は、彼が単純な自己愛者ではなく、他者のまなざしとも常に対決していたことにも由来するだろう。
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by sibunko | 2012-12-04 01:55 | 現代詩人論