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われらの時代

 私はいわゆる氷河期世代の人間だが、就職だけにかかわらず、生きること全般について苦労の伴う昨今であると感じている。もともと日本はムラ社会であり、その体質は西洋文化の輸入後も変わることはなかった。そのムラ社会が解体されていき、個人主義の傾向が強まっていく中、人々は自らを実存的に支えてくれる根拠を失っていった。日本人は思想の薄弱な民族であり、理論を自らの支柱とすることに不慣れな民族である。だから、社会が近代化していっても、個人はその近代化を理論として内面化することができず、いまだ前近代のムラ社会の心性のままだった。

 ムラ社会において個人の実存的な支えとなるものは、上下左右の感情的なつながりである。農村共同体では、年上の者を敬い、年の近い者とは友情を結び、年下の者をかわいがる。天皇の権威をあがめる。これは高度経済成長期に大量の会社人間が生まれても変わることはなかった。会社というものもムラにすぎず、会社の中での感情的なつながりや、会社に対する滅私奉公が人々の存在理由となった。

 日本では、超越的な存在に対して自律した個人が対峙し、自律した個人が超越的な存在へ信仰を寄せることで存在理由を見出すということが起きなかった。一部の宗教団体に所属する人たちを除いて、日本人にとって超越的な審級は空白のままだったのだ。天皇ですら超越者にはなりえず、人々は自らの存在理由をムラ社会や会社社会における感情的関係や役割に求めざるを得なかった。

 ところが、戦後教育は日本国憲法のもと、個人を最大限尊重する方向で行われた。個への侵害はプライバシーの侵害や名誉権の侵害として厳しく断罪されるようになり、生活へ科学技術の成果が取り込まれることにより、人々は他人との緊密な関係がなくても生活できるようになった。核家族化の進行から単身世帯の増大へと、人々はどんどん孤立していくようになった。

 だが、戦後教育は結局片手落ちだった。個人の尊厳原理は、防御的に働くことが多かったが、積極的に働くことが少なかった。個人の尊厳原理は個人を守ることはあっても、それによって自律した個人が生まれる方向性を持たなかったのである。かくして、人々はどんどん孤立していきながらもよって立つ自律した精神を獲得することが少なかった。そこで私たちはどんどん不安や焦燥を感じるようになってきたのである。

 現在、私たちが存在の根拠を獲得するためには、自己をただ無根拠に肯定するか、自律した個人を理論的に内面化するかのいずれかであると思われる。そして、現在私たちの大勢は自己の無根拠な肯定に向かっており、その肯定に成功した人間は緩やかな幸福感に満たされ、その肯定に失敗した人間は絶望の淵を歩く、そのような二極化が進んでいると思われる。

 私は自己の無根拠な肯定に失敗した人間であり、そうすると自らの存在根拠を獲得するために個人主義の理論化を行わなければならない。個人主義に依拠する理由として、二点ほど挙げようと思う。

 まずは、これだけ個人を尊重する気運の高い世の中でありながら、個人がただそれを受動的に守備にしか用いていないことへの反省。また、個人を尊重するという建前がありながら依然として会社組織などで個人の蹂躙が行われている事実に対抗する必要性。個人の尊厳原理は、個人の守備にしか用いられていないという問題と、現実の個人蹂躙を上手に隠蔽してしまうという問題を抱えている。それらの問題を解決するために、個人はもっと積極的に自らの自律性を養い、個人主義を積極的に内面化し、また隠蔽されながら依然として行われている個人蹂躙に異議を唱えなければならない。

 次に、上下左右との感情的なつながりが希薄になった現代、私たちは否応なく現実に直面せざるを得なくなったということ。私たちのことは原理的に誰も救ってはくれない。そうすると、他人の助力によって現実にフィルターがかけられるということがなくなって、現実がじかに私たちを襲うようになってくる。そして、私たちは現実の波をうまく乗りこなすことなくしては生きていけないのである。現実は極めて複雑で困難であり、現実を打開するためにはたえざる向上が必要となる。その現実と格闘する根拠となる強力な個人が必要とされてきている。そこで、個人の自律性が強く要求されてくるのである。

 何の疑いもなく自己を緩やかに肯定できる人間であるならば問題は少ない。だが、多くの人たちが自らの存在の根拠を見失っていく中、個人主義を意識的に内面化する必要がある。それは、個人主義を攻めの姿勢で用いていく方向性であり、現実と自律して戦っていく意思表明である。文学もまたそのような色彩をまとっていくと私は考える。つまり、複雑な現実との困難な戦いを倦むことなく遂行する自律した人間の文学が生まれていくのではないか。


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by sibunko | 2018-08-13 11:58 | エッセイ